2022.07.06
最終更新日:2024.05.07

モヤモヤイライラを抱えるアラサー女性へ贈る、地獄の教則本【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #53】

男性はピンとこないかもしれないが、ある種の女性が観るとモヤモヤした何かを感じるノルウェー映画。今作を観れば、女性の気持ちを理解することができるかも!?

『わたしは最悪。』(2021年)

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--劇場公開中の最新作『わたしは最悪。』。タイトルからしてパンチ強めな印象です。 

ジェーン・スー(以下、スー):本当に観るのがつらかったです!(笑)というのも、ヒロインのユリヤに対するモヤモヤイライラしたのは、完全に過去の不甲斐ない自分を彼女のなかに見たからだったので。あんなに優秀でも綺麗でもモテたわけでもないけど、30歳前後の女性なら、なんらかの同族嫌悪を感じて胃が痛くなるような気がするわ。

高橋芳朗(以下、高橋):予告編を観てファンタジー要素の強い内容をイメージしていたんだけど、良い意味で予想を裏切られました。これ、モラトリアム期のアラサー女性にめちゃくちゃ刺さると思います。では、まずは簡単にあらすじを。「学生のころから成績優秀でアートの才能もあるのに『これしかない!』という決定的な道が見つからず、30歳になった現在も人生の脇役のような気分のユリヤ(レテーナ・レインスヴェ)。グラフィックノベル作家として成功した年上の恋人アクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)は、そんな彼女に妻や母になることを求めてくる。ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは若くて魅力的なアイヴィン(ヘルベルト・ノルドルム)と出会う。新たな恋の勢いに乗って、彼女は今度こそ人生の主役の座をつかもうとするのだが…」というお話。

スー:もうね、本当に。ちゃんとしていない自分を持て余しているアラサーアラフォー女にとっては、地獄の映画でしょうね! コメディ要素は少なめで、以前取り上げた『セレステ∞ジェシー』に主題は近い感じかな。

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高橋:僕が連想したのは、恋愛映画でありながら人生の映画でもある、ということでダコタ・ジョンソンとレベル・ウィルソン主演の『ワタシが私を見つけるまで』。そういう意味では近年の新しいラブコメの潮流のなかで語ることもできる作品だと思うんだけど、興味深いのは『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』の脚本を手掛けたリチャード・カーティスが「ここ10年でナンバーワン。完全なる傑作」と大絶賛している点。

スー:そこまで!? 自分が定まっていない故のこだわりとか、そういうのを抱えてきた人間としては地獄絵図再びという感じの拷問だったけど(笑)。

高橋:前向きな気持ちでお客さんを劇場から送り出そうとしている映画だとは思ったけどね。それは最後にアート・ガーファンクルのバージョンで流れるボサノバの古典「三月の水」がもたらす余韻によるところが大きいんだけど。

スー:しつこいようだけど、その「三月の水」含め、そこを通過してきた人間としては「ようこそ地獄の一丁目へ」っていう感じの終わり方なのよ…。

高橋:それはたいへん失礼しました…詳しく聞かせてください。

スー:面白いとか、面白くないとかで簡単には語れないわ。観て良かったのは間違いない。『セレステ∞ジェシー』や今作は、私にとってはホントに地獄の教則本って感じなのよ。「はい、あなたこういう自己中心的なことをやって人を傷つけたり、取り返しのつかないことをしたりしてきましたね?」って言われているような。自分の不足とかバランスの悪さを他者とか夢や仕事で満たそうとして大失敗するサマとかもうさ…。

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高橋:医学に心理学に写真…ユリヤは興味の対象がコロコロ変わっていくんだよね。しかも、どれもそこそこできちゃうぐらいの才能はある。

スー:無自覚に下に見ている相手の前ではありのままでいられるけど、その人に褒められると「お前にわかるわけがない」と信用しない態度もね…。

高橋:ボーイフレンドのカフェ店員、アイヴィンがユリヤの書いたコラムを褒めたときの対応は最悪だったね。しまいには「落ち着いて50歳までコーヒー出してれば?」なんて言い出す始末。

スー:自分はどうなんだって話ですよ。劣等感がある相手に対しては「あなたはなんでも言葉で説明できるのが強さだと思っている」と言いがかりをつけたり。ちょっと思ったんだけど、平均的な容姿の女性が主役を演じたほうがピンとくる人が多いかも。「美人が我がままを好き勝手にやってる」って思われたら、主題がズレるからもったいない。

高橋:なるほど。ユリヤが他人の結婚パーティーに忍び込んでアイヴィンと出会うくだりとかね。

スー:まさにそれ。でも、誰でもパーティーで知り合うことはありうるからね。パーティーでのやり取りを見てると、ユリヤが自分の容姿に自信があるのはわかるけれど。私はさまざまな意味でユリヤではないけれど、それでもまだ、自分の屁の臭いを嗅がされているような映画でした。

高橋:具体的にはどんなところがユリヤと重なると思った?

スー:自分の欠損や不足を他者で埋めようとして、そんなんで埋まるわけがないから行き詰まって彼と別れたりするとか、子どもという存在に自分の人生を邪魔されたくないと根本的に思っているところとか。

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高橋:確かユリヤはアレックスに対して「産む前になにが待っているのか?」って言っていたよね。私の人生きっとこれからなにかが起こるはず、みたいなニュアンスだったと思うけど。

スー:ますます同族嫌悪よ!(笑)

--今作は序章と終章、そして12章から構成されてますが、どの章が印象に残りましたか?

スー:前半からジワジワやられました。第2章「浮気」と第3章 「#MeToo時代のオーラルセックス」の2章は身につまされた。基本的に、ユリヤはまだ何も成し得ていないキャリー・ブラッドショー(『SEX and the CITY』のサラ・ジェシカ・パーカー演じるヒロイン)なのよ! 女友だちがいない地味なキャリーって感じ。何者かになることばっかり考えているキャリーの幼虫とも言える。

高橋:僕は第1章の「ほかの人々」、ユリヤの生きづらさや社会との距離感を象徴しているアクセルの実家のシーンかな。表面的には穏やかなんだけど終始不穏な緊張感が漂うあの微妙な気まずさ、いきなり目が離せなくなった。ユリヤが流したエイメリーの「1 Thing」をアクセルの兄がすぐに止めてサイマンデの「Bra」に変えちゃうくだりとか、嫌な予感がすると思っていたら案の定…ね。

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スー:個人的な欲を言えば、疎遠になっている父親とユリヤの関係についてもう少し深掘りして欲しかった。両親は離婚していて、父親には新しい家族があるんだよね。父親にとって最初の結婚は「失敗」という認識で、あまり向き合いたくないんだろうし、それがユリヤは気に入らなくて寂しい。自分が失敗作ってことだからね。そんな父は娘の書く文章に全く興味を持たない。その点は「うちの父親かよ!(笑)」と思いましたが、本質的にはうちの父親とは別でしたね。ユリヤに対する愛情らしきものがほとんど見えないのよ。そういうことも少しは関係しているのだろうけど、ユリヤがグラグラしっぱなしなのは、根本的には自己受容ができていないからなんだよね。アラサーだったら仕方ないなとも思うけど。

――個人的には観終わったあと「とりあえず、やるしかないか」って気持ちになりました。多少は前向きになったってことですかね?

高橋:うーん、「それでも生きていくしかない」ぐらいの感じかな? いずれにせよ、アメリカのラブコメのようにスカッとはさせてくれないよね(苦笑)。

スー:そうね、「やるしかない」というか、「やっていくしかない」っていう感じ。ユリヤに対してなんの感情も抱かない人は健やかな精神の持ち主ってことよ。生涯のパートナーを早くに決めて幸せな生活を送っている人達にとっては、なにがなんだか…という感じなのかもしれない。

高橋:スーさんのリアクションからしても、ある女性にとっては自分を鏡で見るような体験になることはまちがいなさそう。『わたしは最悪。』というタイトル、鑑賞前はユリヤが笑顔で走るポスターのイメージもあってある種の開き直りみたいなニュアンスも含まれているのかと思っていたんだけど、映画を観たあとでは印象がぜんぜんちがってくる。これは逃れられない性(さが)を引き受けて生きていくにあたっての、ため息と一緒に漏れ出るぼやきみたいな「わたしは最悪。」と受け止めました。あとはこの連載でたびたび俎上に乗るスーさんのパンチライン、「女には自分が幸せかどうかを常に己に問い続ける業がある」についても改めて考えちゃいましたね。

『わたしは最悪。』

監督:ヨアキム・トリアー 
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト 
出演:レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム 
製作:ノルウェー 
©2021 OSLO PICTURES-MK PRODUCTIONS-FILM I VÄST-SNOWGLOBE-B-Reel–ARTE FRANCE CINEMA 

 『わたしは最悪。』公式HP

PROFILE

コラムニスト・ラジオパーソナリティ
ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。 

 

音楽ジャーナリスト・ラジオパーソナリティー・選曲家
高橋芳朗

東京都出身。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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