2025.04.10
最終更新日:2025.04.10

【『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』】シリーズ完結編のテーマは「喪失と前進」【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #67】

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あのブリジット・ジョーンズがアラフィフになって帰ってきた! 最愛の夫を亡くし、二人の子どものシングルマザーとなったブリジットの再出発を描く最新作『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』。シリーズ完結編となる本作への想いをジェーン・スーと高橋芳朗が語ります。

『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』(2025年)

STORY
弁護士の夫マーク(コリン・ファース)が4年前にスーダンの人道支援活動中に命を落とし、二人の子どもの母親ながら再びシングルになったブリジット(レネー・ゼルヴィガー)。立ち直れない日々が続いていたが、親友たちや元カレ・ダニエル(ヒュー・グラント)に支えられ、仕事に復帰することに。さらに、公園で出会った29歳のロクスター(レオ・ウッドール)とアプリで繋がり意気投合。一方、厳しい理科教師のミスター・ウォーラカー(キウェテル・イジョフォー)とは、彼の息子ビリーへの真摯な優しさを知り、次第に距離が縮まっていく。子育てや仕事に追われながら「いつでもマークが恋しい」と子どもに話すブリジットだったが…。

失った愛とともに、人生を前進させていく

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――世界的ヒット作『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズの9年ぶりの続編となる第4作。ブリジットが帰ってきましたね!

ジェーン・スー(以下、スー):1作目の公開が2001年。もうブリジットとも24年の付き合いになるのね。長年の女友だちのような感覚です。

高橋芳朗(以下、高橋):確実に歴史に名を残す、唯一無二のラブコメディだよね。そもそもシリーズ化したラブコメディがほぼ皆無に等しいなか、『ブリジット・ジョーンズの日記』は24年かけて計4作も重ねてきたわけだからさ。主演のレネー・ゼルヴィガー以下、コリン・ファース、ヒュー・グラント、そしてブリジットをめぐる三人の悪友や彼女の両親まで、基本的に主要キャストが誰一人抜けていないのも素晴らしい。こんなことは滅多に起こらないよ。

スー:ほんとに! メインの三人がその後も俳優として活躍を続けながら、ブリジットシリーズにはちゃんと出演し続けているのは、愛情以外のなにものでもないよね。観客にもこれほど長く愛されたラブコメ作品は他にないと思う。みんな、ブリジットの人生を見届けたいんだということだね。

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高橋:もう人生レベルの付き合いなんだよね、ブリジット・ジョーンズとは。

スー:1作目当時は32歳だったブリジットがアラフィフになり、愛する夫マークは不慮の事故で命を落とし、しかし腐れ縁となったダニエルとの友人関係は続いていて、二人の子どもの育児メインの生活をしているというスタート。人生の折り返し地点を過ぎて、自分の人生は自分が主人公!というブリジットらしい気力を少し失いかけているよね。

高橋:マークが亡くなってから4年後、という状況設定がまた絶妙だと思った。彼の他界に対して十分な距離を置いているから、悲しみに飲み込まれることなく今後の人生と向き合うことができる。そんななかでブリジットは例の悪友たちの後押しもあって職場復帰を果たすことになるんだけど、今回の大テーマはまさに「喪失と前進」だよね。過去の失った愛を抱きながら、人生を前進させていくお話。

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スー:まさにそう! テーマは「喪失と前進」だわね。新しいスニーカーを履いて、人生のトラックに戻ってきたブリジットを心から応援したくなった。

高橋
:そんなブリジットの再出発を祝福するように流れてくるのが、デヴィッド・ボウイの「Modern Love」。『ロングショット 僕と彼女のありえない恋』(2019年)のトレーラーで使われていたのが印象的だったけど、ラブコメディのヒロイン像に一大革命を起こしたブリジットの最終章を飾る楽曲としてこれほどふさわしいタイトルの曲もないと思う。他ではアル・グリーン「What a Wonderful Thing Love Is」、バーバラ・アクリン「Am I the Same Girl」、ニーナ・シモン「I Want a Little Sugar in My Bowl」、それからシャーデー「The Sweetest Gift」やジェシー・ウェア「Pearls」など、新旧のソウルミュージックを要所要所に配したシリーズの流れを踏襲した選曲が光っていたな。ちなみに、原題の『Bridget Jones: Mad About the Boy』はダイナ・ワシントンの名唱でおなじみの同名のジャズスタンダード「Mad About the Boy」からの引用だね。

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スー:やっぱりこだわりが強くて、知れば知るほど楽しくなるね。夫を喪い、それでも対処しなければならない日常のルーティンに追われる毎日から、どうやって自分自身を取り戻すか。アラフィフ中年がぶち当たる壁のひとつ。仕事に復帰したら、新たな男性との出会いもあって。一歩踏み出せば変化の兆しは向こうからやってくるという話でもある。前作では若さを失ったことへの恐怖や戸惑いが随所に描かれていたけれど、今回はそういう描写はほとんどないのが印象的だった。若い女の子との安易な対立構造とかもないのも最高。もう、混乱期を懐古するタームは終わってるんだよね。

高橋:物語全体の比重としてはロマンスよりも人生。美の基準や社会的プレッシャーに悩むのではなく、マークのいない世界に折り合いをつけようとしながら、個人的な幸せのバランスをとることについての葛藤がメインになってくる。

スー:でも、周りの友人たちは「新しい恋を始めるしかない!」とか、発破のかけ方が変わってないのもよかったな。みんな他人には好きなこと言うのよね。それも微笑ましい。

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高橋:このシリーズは友人たちがブリジットの人生を形作っていくところも大きな魅力なんだって再確認したよ。三人の悪友は辛辣で皮肉屋だけど、どんな困難も笑い飛ばしてくれるんだよね。

スー:ままならないアラサーの人生を明け透けに描いたのが1作目。てんこ盛りにして、ちょっとありがちな続編になってしまったのが2作目。3作目ではアラフォー女性たちにおとぎ話を見せて、束の間の夢を与えてくれた。そして今作では同窓会のような気持ちにさせつつ、若者との恋というありえないファンタジーで蜜の味をたっぷり味わわせてもくれつつ、人生という意味では一番地に足がついたリアリティをもっていたように思うわ。相変わらずドタバタはしているけれど、観ている私たちも大人になったので、心穏やかにブリジットを見守れたよね。まるで友人のひとりみたいな気持ちで。

高橋:29歳のロクスターとの恋はまさにファンタジー。彼が活躍する前半部分は従来のシリーズを継承する適度な下ネタを交えたドタバタ恋愛劇なんだけど、これは言ってみればサービスだよね。一般的なブリジットシリーズのイメージに正面から応えてる。

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スー:ほんとうにそう。所謂ハーレクイン小説。ウォーラカー先生との繊細なやりとりとは違いすぎて最高でした。ブリジットはたいてい二人から言い寄られるのもお約束。

高橋:ただ、今回はいままでのように三角関係には発展しないのがポイント。だから三人が同時に居合わせるシーンは数えるほどしかないんだけど、なかではロクスターとの出会うきっかけになる公園のシーンが馬鹿馬鹿しくて最高だった。ここは1作目の消防署取材シーンのオマージュでもあるんだけど。

スー:あれね。危機的状況を救ってくれる王子様っていう古典的な手法だけど、笑っちゃうくらい微笑ましいのよね。ロクスターがティンダーでブリジットを探し出してメッセージを送ってくるのも都合が良すぎるし、なにもかもがファンタジー。現実ならあれは恋愛詐欺の入り口だよ…。話を戻すけど、シリーズ過去作のオマージュは本当にたくさんあるのよね。息子が着ていたトナカイのアグリーセーターは、昔マークが着ていたものだったりね。

ブリジットシリーズファンが喜ぶ仕掛けが満載

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高橋:シリーズを見続けてきたファンに対する目配せがうれしいよね。あのアイコニックな「All By Myself」熱唱シーンの赤いパジャマをいまだに着ていたり、クローゼットからダニエルとのデートで着ていたシースルーの服を引っ張り出してきたり。たくさんのセルフオマージュが散りばめられているから隅々までよくチェックしてほしいな。

スー:正直、今作に関して新たに語るべきことはほとんどないのよ。いい意味でね。なぜならそれはブリジットと私たちのあいだにはもう、絆のようなものがあるから。今回はそれがほとんど裏切られなかったという点で満足度が高い。

高橋:構成も良かったよね。ロクスターとの恋模様が軸になるコメディ色の強い前半と、彼が退場してからのちょっとビターな後半。鑑賞する側にも24年という時間の経過を強く意識させる作りになってる。

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スー:2001年の1作目から観てる人にとって、ブリジットはもう長年の友だちのようなものだから、正直ストーリーは荒唐無稽でもない限りなんでもいいのよ。ブリジットが一念発起してやる気に満ち満ちるサクセスストーリーも変だし、ひどい目に遭うのも望んでいない。突然夫を失うという痛ましい出来事を、彼女らしく乗り越えてくれればそれでいい。最初にマークの幻想が出てくるところは胸が痛んだわ。そこから考えたら、あのエンディングに至れたのは、本当にブリジットは頑張ったと思う。

高橋:そうだね。シリーズの伝統を踏まえたクライマックスには感無量だったよ。

スー:ブリジットが極端に成長していないことも、実は重要なポイントだと思う。それやっちゃったらいい話にはなるだろうけれど、嘘だし。怠慢で抜けているところもあって、でも一生懸命やる時はやるというブリジットのキャラクターありきの作品だということを作り手が十二分に理解しているのが嬉しい。まず1作目から3作目まで観てから今作を観て欲しいな。ここから観たらわけがわからないもの。

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高橋:オリヴィア・ディーンが歌う今回の主題歌のタイトルがまさに「It Isn't Perfect, But It Might Be」(完璧ではないけど、それがいいかも)だからね。さすが、このあたりは4作も続いているシリーズだから基本コンセプトが細部にまでしっかり行き渡ってる。

スー:滋味深い、というのが私の感想かな。派手なことはひとつも起こらず、日常を前に進めていく話。サービスとしてのメロドラマは途中に挟まれるけどね。お下劣ギャグも健在でホッとしました。

高橋:いまの自分は過去の集積のもとに成り立っているのだ、というメッセージにぐっときた。夫の不在を受け入れながら、再び自分の人生を生きることに罪悪感を覚える必要はまったくないんだよね。『ブリジット・ジョーンズの日記』がこんなビタースウィートな人情劇に帰結するとは思いも寄らなかったよ。そういえば、レネー・ゼルウィガーの映画出演はオスカー主演女優賞を獲った『ジュディ 虹の彼方に』(2019年)以来なんだってね。このシリーズに対するレネーの強い愛を感じたな。

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スー:レネー演じるブリジットが今作はことさら等身大でよかったよ。レネーのブリジットに対する感情は、愛以上に責任なのかなとも思いました。「ブリジットとして作品のなかで生きる責任」のようなものを、今回は一番感じたな。

高橋:最後に影のMVP、『Re:LIFE~リライフ』(2014年)以来のラブコメ出演になるヒュー・グラント演じるダニエルにも触れておきたい。さっきも指摘した通りブリジットは本当に友人に恵まれているんだけど、今回はそこに元カレであるダニエルも加わることになる。彼はブリジットとはもちろん、彼女の子どもたちとも良好な関係を築いているのが素敵だったな。自分に与えられた役割を演じるかのごとくプレイボーイ然と振る舞いながらも、なにかを悟ったかのように哀愁を漂わせているダニエルの存在がこの完結編をより味わい深いものにしていると思うんだよね。

スー:ダニエルが適度に枯れていたのが非常にリアリティがあってよかった。まさか彼が子守りをする日がくるなんて! 具体的に描かれてはいないけれど、ダニエルもいろいろと人生の節目を経験して乗り越えてきたんだなというのも伝わってきたよ。関係が続いているだけでなく、発展して成熟したことを一番示しているのがダニエルとの関係性だね。あと、ここではネタバレになるから言えないけれど、胸に刺さるセリフが誰にでもあると思うので、ぜひ劇場で味わってほしいです。

『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』

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原題:『Bridget Jones : Mad About The Boy』
監督:マイケル・モリス
脚本:ヘレン・フィールディング、ダン・メイザー、アビ・モーガン
出演:レネー・ゼルウィガー、キウェテル・イジョフォー、レオ・ウッドール、コリン・ファース、ヒュー・グラントほか
原作:Bridget Jones : Mad About The Boy/ヘレン・フィールディング著
公式サイト https://bridget-jones-movie.jp/

◉ 2025年4月11日(金)、全国ロードショー!
©2024 UNIVERSAL STUDIOS, STUDIOCANAL AND MIRAMAX

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作詞家・コラムニスト・ラジオパーソナリティ
ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のパーソナリティとして活躍中。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎文庫)、『これでもいいのだ』(中央公論新社)、高橋芳朗との共著に『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない 愛と教養のラブコメ映画講座』(ポプラ社)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など多数。

音楽ジャーナリスト・ラジオパーソナリティー・選曲家
高橋芳朗

東京都出身。著書は著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』(イースト・プレス)、『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』(ポプラ社)、『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』(スモール出版)、『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)、『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』(駒草出版)など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』などがある。

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