女性の心の声が突如聞こえるようになってしまった男の物語を19年後に男女逆転させたリメイク版が登場! 原作とは異なる要素が多く含まれた今作に見える、ふたりの見解はいかに?
原作の主役を男女逆転させたリメイク作品
——予告通り、前回紹介した『ハート・オブ・ウーマン』(2000年)のリメイク作品『ハート・オブ・マン』(2019年)です。いかがでしたか?
ジェーン・スー(以下、スー):原作の3倍くらいおバカだったね!(笑)原作は男、リメイク版は女が主人公。男と女の非対称性を完璧に描写できているとは言い難いけれど、ライトなコメディとしては秀逸でした。くだらない場面をしつこく繰り返すフォーマット、嫌いじゃないよ。
高橋芳朗(以下、高橋):うん、お互いこういうのは嫌いになれないタチだよね(笑)。じゃあ、さっそくあらすじから紹介しようか。「スポーツエージェントで働くアリソン(タラジ・P・ヘンソン)は、バリバリのキャリアウーマン。多くのスポーツ選手の代理人を務めるものの、男社会な業界のなかで苦渋を味わってきた。“女だから”とナメられないように日々奮闘する彼女は、出会ったばかりのバーテンダー、ウィル(オルディス・ホッジ)と即ベッドインするなど恋愛にも積極的。そんなある日、アリソンは友人宅のパーティで霊媒師(エリカ・バドゥ)に飲まされたお茶の影響で頭を強く打って気絶してしまう。そして目が覚めると、すべての男性の心の声が聞こえるようになっていた。最初は気味悪く思っていたアリソンだったが、徐々にこの能力を駆使して男たちを出し抜こうと考えるようになる…」というお話。製作はBET(ブラック・エンターテインメント・テレビジョン)なんだけど、またまた主人公が序盤に「頭を強く打って気絶してしまう」くだりを含む安定のラブコメ仕様(笑)。
スー:アメリカのラブコメ映画は、それやんないと物語が進められないからね(笑)。さて、原作はメル・ギブソン演じる傲慢な白人男性のニックが「すべての女性の心の声が聞こえるようになってしまった。さあどうしよう」という話。リメイク版は、ステレオタイプな男らしさの総本山ともいえるスポーツ業界で働く黒人女性のアリソンが、すべての男性の心の声が聞こえるようになった話。男性優位の社会でゲタを履いている自覚がまるでないニックと対照的に、アリソンはなんとかして男社会で認められようと日夜頑張っているのよね。
「誰よりも必死で働いているのに、足を引っ張られる。不公平な組織とどう戦えばいいの?」ーーアリソン
スー:ラブコメ映画はわかりやすさがキモじゃない? そこに男女の機微が加わったのが原作の魅力だったけれど、リメイク版はコメディ要素のほうが強いよね。敢えて誇張されたステレオタイプの描き方が馬鹿馬鹿しくて秀逸。昇進する社員を発表するのにアメフトのボールを使うのなんかも、いいか悪いかは別としてマッチョだったな。
高橋:うんうん。アリソンが勘違いしてボールをキャッチするシーンを挟むことでその演出がぐっと活きたのはまちがいない。ウェルメイドなコメディ映画を撮ってきた監督ならではの巧さかもね。
スー:おバカシーンの連続ながら、アリソンは必死なんだよね。男たちの仲間に入る資格があることを証明するために、男でもびっくりするような下ネタを言ってみたり。あれ、私もやってたな。私の下ネタが時に過剰なのは、明らかに「ナメんなよ」で培われた負の遺産だわ。
高橋:フフフフフ、この映画に登場する女性たちはみんなそんな節があるんだよな。アリソンの親友のひとり、オリヴィア(ウェンディ・マクレンドン・コーヴィ)が元2ライヴ・クルーの追っかけという設定にはぶっ飛んだけどさ(笑)。まあ、そんなこんなで全体的にはラブコメディというよりエンパワメントムービーとしての色合いが強い気もした。
スー:確かにそうね。そう言えば、リメイク版は原作と違って社内恋愛じゃないのよね。なんでだろ?
高橋:こっちは社会的に成功を収めているキャリアウーマンと、自分の店を持つことを夢見てコツコツ地道に働くバーデンター男のカップル。きっとジェンダーフリーを踏まえてのことなんだろうけど、最近のラブコメはいわゆる「格差カップル」設定が多い傾向にあるよね。
「愛し合うことは戦いじゃない。相手を支配しなくていい。分かち合うんだ。」ーーウィル
スー:ねー。なんかひと揉めあるともっと面白いのになって思った。バスケの試合で、アリソンがウィルをボックスシートに招待するじゃない? 超高額チケットだし、入手困難な席よ。あそこで「なんで知り合ったばかりの俺にここまでしてくれるの?」と疑問が呈されてもよかったのに。代理店の男たちから見下されてウィルが傷ついたりとか、そういう場面があったらなー。
高橋:でも、そんなウィルがセックスのときに「これは戦いじゃない。相手を支配しなくていい。分かち合うんだ」と言って自分本位なアリソンを優しく導くシーンはすごく良かった。こういうセリフに説得力と整合性を持たせるためのあのいい人キャラなのかもしれないね。
スー:アリソンは勝ち負けにこだわり過ぎるきらいがあるからね。そこは原作と同じなんだけど、原作ではニックが女性の視点を獲得してからものの見方が変わる。だけど、男の声が聞こえるようになってからのアリソンには特に変化が見られない。その理由を考えてみたんだけど、聞こえてくる本音の部分で、「男の弱さ」の声がほとんどなかったからじゃないかなって。それを出さなかったのは、男の弱さが「ないこと」になっているからなのか、それとも男に言い訳を与えないようにしたかったからなのか。
高橋:残念ながら前者なのかな。あまりそこに向き合ってる感じはしなかったね。男たちから漏れ聞こえてくる「心の声」は、基本コメディ方向に作用するものばかりだった。
スー:異性の声が聞こえるようになって、アリソンもニックもひとまず傲慢になるでしょ? そして大切な誰かを傷つける。原作ではニックがヒロインに自らの過ちを認めて謝るけれど、リメイク版ではアリソンが率先して改心したようには描かれていない。
高橋:そうだね。そもそもアリソンとウィルのいざこざも些細な誤解レベルなものだから、クライマックスのラブコメ的カタルシスに乏しいんだよね。
スー:そうそう。「男の心の声が聞こえるようになった」という設定が、ウィルとの関係性においてはいまいち効果的に用いられていない。
『ハート・オブ・マン』
監督:アダム・シャンクマン出演:タラジ・P・ヘンソン、トレイシー・モーガン、オルディス・ホッジ、エリカ・バドゥ
公開:2019年2月8日(アメリカ)
製作:アメリカ
Photos:AFLO