現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
若き日のトランプが怪物化するまで(?)
リベラルが困るかもしれない問題作
アプレンティスとは、新米のこと。これは新米時代のドナルド・トランプを描いた映画ですが、テレビタレントでもあった彼には、「アプレンティス」という番組がありました。トランプが業務査定し若手を自社で雇ったり、“おまえはクビだ!”と決め台詞を突きつけたりする。かなり人気を博したリアリティショーで、“おまえはクビだ!”と言われたい人が続出。アメリカ人ならこうした背景を知っているはずです。
監督アリ・アッバシはイラン生まれ。「トランプが二度目の大統領に就任後に観てほしい」と公式にコメントしているので実像を突きつける意図があり、間違っても親トランプではない。
ところが、1980年代を舞台にした立身出世物語の主人公は、どうにも憎めない。赤狩りの急先鋒で、その後は政界とのつながりを維持したまま負け知らずの悪徳弁護士として名を馳せたロイ・コーンに見込まれ、無償で彼の帝王学を学べることになったトランプ。やがて荒廃していたニューヨークを浄化するきっかけともなるトランプタワー建立に邁進していく。
ここでのトランプは、善玉なのか悪玉なのかわからない。そこがすごい。よい人だと思いたければ、そう見える。絶対悪い奴だと決めつける人が観ても、やっぱり悪い奴だと納得する。
ただアメリカ史から見ればロイ・コーンのほうがよっぽど真っ黒な悪党。なのに彼が人格者のように描かれ、その悪い弟子としてトランプは存在する。そのグレーな感覚が新しい。
トランプの暗部が描かれるとき、暗いサウンドが流れる。しかし、どんなにめげることがあってもトランプは立ち上がる。バックには当時流行っていたディスコミュージック。無敗の英雄が再起する際の応援歌のように響く。結果、落ち込んでいる今のアメリカ人を勇気づけるような作りになる。反転のアングルがない。
ディスコはもともとゲイが作った音楽。本来反同性愛者といわれるトランプとは相入れないはず。ロイ・コーンがゲイだったことも鑑みるとトランプのイメージも一面的ではなくなります。
リベラルがいくらトランプをおとしめようとしても、史実に忠実に描く限り、なぜか痛快になる。それだけ、トランプは困った怪物なのでしょう。映画という娯楽の限界についても考えさせられる一本です。(談)
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
監督/アリ・アッバシ
出演/セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング
2025年1月17日TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
ついに二度目の当選を果たした前代未聞の米大統領ドナルド・トランプ。まだ若造だった彼がメンターであるロイ・コーンの教えを受けながら、自身のステージも、闇のニューヨークも、塗り替えていく。非情なのに、どこか愛嬌のある漫画的なキャラクター。けっして美化していないのに「トランプ嫌いも好きになるかもしれない」(菊地さん)可能性のある、楽しい問題作。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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