2024.09.11

『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』|硬派なドキュメンタリストも美食にカメラを向ける優しい時代【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』

『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』
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硬派なドキュメンタリストも
美食にカメラを向ける優しい時代

 一つのレストランだけで4時間。今、そんな料理ドキュメントはありません。グルメブームの頃なら少し長いものもあった。『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』(2010年、1時間48分)など。そのエル・ブリも閉店(2011年)してから時間がたちますが、こともあろうにワイズマンが突如として、世界中のグルメ憧れのトロワグロにカメラを向けた。

 日本なら鎌倉あたりにあたる、宿泊施設付きの名レストラン。そんな店にきちんと向き合い、ちゃんと撮れば4時間くらいのコンテンツはできてしまう。特別カメラアイがすごかったり、見たこともないレストランの裏側があったりということは一つもありません。

 ファミリーヒストリーとしてのお店の紹介、ある日のランチとディナー、そこに食材に関する取材。ワイン、チーズ、野菜、魚、肉…過不足なくフォローした結果、クセのないドキュメンタリーになった。すべてが丁寧、高い意識で動いているスタッフの接客も含め、美しい対象を正確に撮っている。海外のテレビシリーズ4回分をまとめて観た感覚。いい意味で世相とは関係がなく、気分よく観られます。

 4時間という尺は、さすがのワイズマン。ちょうどいい。接客と客筋を昼夜で見せる黄金分割。フードトラックの挿入もいいアクセント。SDGsでエコロジカル。かつ意欲的でおいしそう。血族経営なのでもめ事もなく、スタッフも前向き。フロアには黒人もいるし、厨房にはアジア人もいて、人種差別もない。パンデミック以後のワインについての勉強にもなる。これでもう十分。温かい気持ちになるでしょう。

 映っている客もリラックスしていて、大らか。熱心に語っているのは店側の人間。客は「ああ、そう」と聴いている。歌舞伎役者のように先代からの客がいることの豊かさ。夏場の撮影のせいか、ドレスコードを感じさせないカジュアルな格好の方がほとんどです。

 もう一人のドキュメンタリスト、ワン・ビンが『青春』で出稼ぎ労働者たちの青春をとらえた、その同じタイミング。コロナ以後、世界が謳歌しようとなったとき、青春と美食にカメラが向かった。危機や格差を描いてきた両監督が、心温まるもので訴えかけてきた。これは時代、優しい時代ですよ。うっとりする4時間です。(談)

『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』

監督・製作・編集/フレデリック・ワイズマン
出演/ミッシェル・トロワグロ
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開中

半世紀以上、ミシュラン三つ星を維持しているレストラン、トロワグロ。現在はフランスの村ウーシュにある名店に、ドキュメンタリー作家フレデリック・ワイズマンが魅了された。朝の市場での買い出しから、夜の先代シェフによる接客まで。いくつものファクターから、レストランを支えている構造を浮き彫りにする。たっぷり満足感のある4時間のフルコース。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi

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