現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『ロボット・ドリームズ』
’80年代NYの寓話をエコロジカルに
ウディ・アレンmeetsジブリなアニメ
とてもリベラルで、大変意識の高い映画だと思います。アニメーション映画としての美点がさまざまにある。エモいとか泣けるとかの基本的な価値もある。それとは別で言えるのは、これがアニメならではのNYロケ映画であるということ。ほぼ実景だけで構成されている。しかも1980年代のNY。ヒップホップの黎明期。オールドスクーラーがブロックパーティを開き、アディダスを着ていた頃。有名ピザ店など実在の店が背景を彩る。VFX、AIを経た実景描写が、映画界全体が多様性によって言語や民族を超えていこうとする動きと重なり合う。
もともとアニメには実写ではロケできないところも画に描けるという利点があった。それをここでは「過去をロケする」というところまで推し進めた。NY愛に満ちたNY映画を作ったのはなんとスペイン人監督。過去にもNYにも行かずして、AIを使えばどの時代も生き生きと甦らせることができると実証した。そのクオリティの高さ。劇映画も含めた映画の感覚を進化させた快挙でありその意義がいちばん大きい。
動物を擬人化し、ロボットとの友情を描く。このフォーマットは昔からあるもの。しかし視点に現代的な多様性がある。孤独という普遍的なものを出発点に置きながら、意識高く、刺激少なく、優しく、やわらかにできている寓話。
ただ唯一、急所がある。あるアクシデントで両者は生き別れるが、その理由が曖昧。その後の物語の転がし方は、同じく音楽を効果的に用いた『ラ・ラ・ランド』よりも、さらに名作『シェルブールの雨傘』よりもうまくいってるだけに惜しい。
それにしても、ロボットと動物を使った寓話で、ここまで大人な映画ができるとは驚き。きめこまやかでアンチマッチョイズムでヨーロピアン。汚く、荒く、パワフルなレーガノミックス時代のNYを舞台にエコロジカルな物語を紡ぐ。そこには夢も希望もある。
さらに言えば、これは枯れた老人が作った映画とも言える。その意味でジブリやウディ・アレンと重なる部分もある。ジブリやウディ・アレンには批判されるべき点もありますが、両者の美しさや優しさだけを抽出した「ウディ・アレンmeetsジブリ映画」と呼ぶこともできる吟情に満ちた作品です。(談)
『ロボット・ドリームズ』
監督・脚本/パブロ・ベルヘル 原作/サラ・バロン アニメーション監督/ブノワ・フルーモン
11月8日より新宿武蔵野館ほか全国公開
孤独な犬が通販で購入した「友達ロボット」。二人の間にはかけがえのない情愛が芽生えるが、あることで別れることになる…。台詞をいっさい用いず、アース・ウインド&ファイアーの名曲「セプテンバー」をモチーフに、淡々とエモーショナルな物語を描く。ツインタワーが存在した過去のニューヨークを見つめながら、さまざまな価値観の共存をうたう洒脱なアニメーション。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。