2024.12.11
最終更新日:2024.12.11

『ドリーム・シナリオ』|新しさと才気に満ちたスリラーだったが 「顧問」アリ・アスターの指導足らず?【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『ドリーム・シナリオ』

『ドリーム・シナリオ』
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新しさと才気に満ちたスリラーだったが
「顧問」アリ・アスターの指導足らず?

 スピルバーグにもタランティーノにもイーストウッドにも監督個人のプロダクションがある。音楽で言うところのレーベル。そんなシステムになんとアリ・アスターが加わった。

 アリ・アスターが見いだしたノルウェーの新人クリストファー・ボルグリによる監督・脚本で、主演はニコラス・ケイジ。さえない大学教授が、なぜか多くの人の夢に出現。一躍、時の人になる…ネットで虚名が売られていく話は新しいようで古い。SNS以前にも、日常が中継されていた男の物語『トゥルーマン・ショー』はあったし、マスメディアへの恐怖症は筒井康隆が『おれに関する噂』で書いた。マスメディアが突如として無名の一個人を取り上げ、人生がめちゃくちゃになる、というのは古典的で定番のテーマ。ただ、ここでは夢に出て有名になるという形をとった。これは古いようで新しい。

 映画のツカミは斬新で『エルム街の悪夢』の夢幻性と恐怖へのリスペクトもある。無味乾燥で自閉的な人間が次のステージへと変化する前にエロスを踏ませるのも新しい。新しさに満ちており、途中まではかなり期待して観ていた。ところがその後、がっかりする演出が続き、急速に劣化していく。人間の根源にかかわる普遍的な問題を扱っていたはずなのに、ありきたりのインターネット的な恐怖に規定されてしまう。

 誰にも相手にされていなかったが平和だった人があるときバズって、それをきっかけに批判されてキレたら炎上、収拾がつかなくなり集団で狩られる…ということとさほど変わらない。

 カメラアングルも新しいし、画も建築も美しい。夢の描写も不思議な透明感があり、美術的には素晴らしい。しかし後半の作劇があまりにインターネットコンシャスで最終的には宙吊りになる。才気は感じるが全体を貫通しきれなかった。もったいない。きっとやればデキる子なのに。

 これは脚本をちゃんと完成させるまでダメ出しができなかったアリ・アスター先輩の責任でもある。「組」をつくりたくて焦ったか? レーベルのクリエイティブディレクターとしてはまだまだ押しに欠けると言わざるを得ない。思えばかつてタランティーノは、ロドリゲスやイーライ・ロスのよきボスでした。

 再びタッグを組んでチャレンジしてほしい。別の感動秘話が生まれるかもしれません。(談)

『ドリーム・シナリオ』

監督・脚本/クリストファー・ボルグリ
出演/ニコラス・ケイジ、リリー・バード
新宿ピカデリーほか全国公開中

誰かが窮地に立っているのに、何もせずにただ見ているだけの一人の中年男。そんな謎の傍観者がある日突然、さまざまな人の夢に出現。現実世界ではぱっとしない大学教授の中年男が一躍人気者になるが、急転直下…。『シック・オブ・マイセルフ』の新鋭クリストファー・ボルグリ監督を『ボーはおそれている』のアリ・アスター監督がプロデュースした意欲作。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。

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