現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
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ティモシー・シャラメがボブ・ディラン
話題の伝記映画は歯切れの悪い出来
ティモシー・シャラメがボブ・ディラン? 大丈夫?とキャスティングだけでも話題になっていた作品。結論から言えば、いつもの美青年ではなく、ある程度ワイルドで神経質なキャラクターを特殊メイクに頼らず演じていて、ディランに見えなくもない。が、感動はしなかった。
ビートルズやプレスリーに比べればインタビュー映像が極めて少ないため、普段どんな表情でどんなふうにしゃべっているのか、よっぽどのマニア以外はわからない…という意味ではシャラメが何をやっても、それらしくは見える。問題は歌。若きデヴィッド・ボウイを描いた『スターダスト』の主演はイマっぽくうまいので全然ボウイに見えなかった。シャラメはディランのユダヤ系の訛りをマスターし、声質も似ていなくもないものの、ディランの危なっかしさがなく、イマ風にちゃんと歌いすぎる。
ディランって歌が雑なんです。歌ってるのか歌ってないのかわからないところに魅力がある。なのに、ここでは歌手としての力がある。
ボブ・ディランがまだ何者でもない1961年から、フォークフェスでエレキギターを手にしてステージに立ち大ブーイングされる1965年までを切り取る。これは音楽ファンも納得の構成。しかし下積み時代も均等に描きすぎて「時代は変る」で寵児となるまでに映画の半分を使っている。時間配分がおかしい。二人の女性の間を行き来する本音も、弾き語りからバンドに向かった心境も見えない。才能が覚醒してからが駆け足すぎて葛藤がない。
彼を見いだし、後に対立するピート・シーガーも兄貴のようなジョニー・キャッシュも、みんないい。むしろ周りの人たちが物語をつくっていてディランがどんな奴か今ひとつわからない。非情で傲慢というほどでもなく、ただ自由な人というだけ。
音楽から人格が伝わってこないのは曲があまりに哲学的だから。文学者に近い。文学者だと思って見れば主人公がよくわからなくても気にならない。が、ディランを歌とギターの天才、あるいはモーツァルトのような天才作曲家として描いている。だから映画の歯切れが悪い。
『スターダスト』は失敗作。『ボヘミアン・ラプソディ』は成功作。『名もなき者』はその中間。やっぱりスッキリしないですね。(談)
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
監督/ジェームズ・マンゴールド
出演/ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン
2月28日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
歌手で俳優のジョニー・キャッシュを描いた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で高い評価を得たジェームズ・マンゴールド監督が、美麗スター、ティモシー・シャラメ主演で完成させた偉人ボブ・ディランの夜明け。先輩ミュージシャンや女性たちを魅了しつつ、わが道を突き進む姿を、シャラメ自らの歌とギターをふんだんに盛り込みながら見つめる。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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