2024.03.17
最終更新日:2024.03.19

『ボーはおそれている』|被害妄想という純粋恐怖をハイウェイ感覚で見せる問題作【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

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『ボーはおそれている』

監督・脚本/アリ・アスター
出演/ホアキン・フェニックス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージー
全国公開中

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『ボーはおそれている』

長年確執のあった母親が死んだ。葬式のために旅立ったボーに、想像を絶する不運が次々に襲いかかる。「悪夢なのに夢的な要素は表出せず、主人公の症例は描かれても、どんな人物なのかはわからない。この点も新しい」と菊地さん。『ミッドサマー』で日本でも人気監督になったアリ・アスター渾身の最新作。「この監督はこれから、さらに面白くなるでしょう」とも。


被害妄想という純粋恐怖をハイウェイ感覚で見せる問題作!

 地下世界を描いた『アス』や舞台の高低差が 際立った『パラサイト 半地下の家族』と隣接するものがあります。そして主演は『ジョーカ ー』のホアキン・フェニックス。奇しくも3作とも2019年作品。こうした要素には少し懐かしさも感じます。


 しかし近年ここまでがっつり、フロイト心理 学をそのまま活用した映画もありません。母親の狂気に近い愛情ゆえにAC(アダルト・チルドレン)のままでいる中年男性の被害妄想的な内面世界を描く。しかも、ゲームのような冒険譚系娯楽映画として。


 フロイトは、ヒッチコックをはじめ、さまざまな「怖い映画」を駆動してきました。大抵のサスペンス、恐怖、不安、その解決は精神分析学のルールで読み解くことができます。本作の特異点は、すべてが現実ではないこと。次々にステージが更新され、解決と挫折が繰り返される。3時間もの冒険の終わりには被害妄想の極点まで至ります。現実世界では、冒険によって人は成長し、問題を解決するわけですが、ここでは、ある症状による妄想を、象徴としてではなく、具現に徹して描く。容赦なく被害妄想をトレースした結果、ポップになり、面白く観られる点がイマ的です。陰謀論などの現代的な要素もある。


 例えば『アフター・ヤン』や『メモリア』のような新しいタイプの映画ではなく、作りは理詰めで、言ってみれば「魔力を得ないまま終わるジョーカー」の物語。アートではなく、あくまでもエンタメ。鬱的な感覚を娯楽映画に混ぜ込む例はこれまでの映画史にもありますが、最初から妄想そのものなので、ラース・フォン・トリアーの映画のように観る側に感染するえぐみがない。ホラー好きには『13日の金曜日』の系譜の最新型とも伝えられる。感動する人も多いでしょうし、笑ってしまう人も、浄化される人もいる可能性がある。よい意味での問題作。


 逃げ場のない鬱感覚=純粋恐怖を3時間高速でぶっ飛ばすスピードで見せきり、しかもエンディングまでカタルシスが生じない大作。監督アリ・アスターが今後プログラムピクチャーの最高級品にとどまるのか、それともオスカーを獲るような監督になるのか。非常に楽しみです。(談)



菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi



Text:Toji Aida

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