2024.03.09

『PERFECT DAYS』|変わり続ける不思議の町TOKYOを寡黙な清掃員の毎日から見つめる【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『PERFECT DAYS』|変わり続けの画像_1

『PERFECT DAYS』

監督/ヴィム・ヴェンダース
出演/役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、三浦友和
12月22日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

© 2023 MASTER MIND Ltd.

『PERFECT DAYS』

『東京画』『都市とモードのビデオノート』など、日本が舞台のドキュメンタリーでも知られるヴィム・ヴェンダース監督が、役所広司にカンヌ国際映画祭最優秀男優賞をもたらした一作。東京スカイツリー周辺の下町で質素に暮らし、音楽と文学と花と木漏れ日を愛し、公衆トイレの清掃に勤しむ初老の男の緩やかに変化していく日々を、穏やかにとらえていく。


変わり続ける不思議の町TOKYOを寡黙な清掃員の毎日から見つめる

 なぜ海外の有名監督は、こんなにも自由にいろいろな場所で撮れるのだろう? もし日本人監督が東京をこれくらい自由に撮れたらもっと日本映画はよくなるかも? どなたも思うことですよね。『TOKYO!』(2008年/ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノ)、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年/ソフィア・コッポラ)も、評価の高い作品です。


 東京中のアート公衆トイレの清掃をしている孤独な男の物語。いきなり登場するスカイツリーから、東京観光案内。浮かび上がってくるのは、東京という町がどんな形をしているか。東京が思っているより円形か、 東京湾とどう結びついているか、湾岸の町か、ということを、私たちは知る。しかしそのカメラ位置で一番似ているのが「ブラタモリ」だったりして。もう、かなりの観光映画です。東京がいかにリベラルで清潔で、詰まるところ、<漫画やアニメだけでなく、東京という町自体がジャパンクール>なのだということを、ヴェンダースは熟知しています。


 前半ではほぼしゃべらない(障がいがあるのかと思うほど)、極端に寡黙な主人公の毎日をミニマルに描く。同じことを繰り返しながらゆっくりゆっくり話が進む。しかしまったく飽きさせない。ただそれは演技のアンサンブルや演出とのヒリヒリした関係からではない。人物は狂言回しで、あくまでも東京という町を見せる映画だとしたら成功していると思います。


 役所広司演じる清掃員はストイックでもないし、コメディ色が強い。個人的には、最後で全てを持って行くカメオ出演程度の俳優さんに賞をあげたい。ヴェンダースは小津安二郎好きで知られていますが、この作品を「現代的な小津リスペクト」とまでするのは荷が重い。ヴェンダースの「音楽」への片想い感も満載。


 やはり、長尺を何度見ても「ジャパンクールTOKYO」の観光映画として、最も優れていると査定せざるを得ません。ソウルとも上海とも香港とも違うカルチャーが東京にはある。その訴求力。ゲットーのような危なさはないが、しかし圧倒するような豊かさはもうない。この微妙さを切り取ることが、登場人物の心情よりはるかに重要。つまりドキュメンタリーに近い。


 アンコールワットやマリブビーチのような「変わらない」観光地ではなく「変わり続ける」不思議の町。ヴェンダースという偉大な監督の劇作というより、彼が惚れ込んだ東京を自ら観光案内しているような作品なのです。(談)


菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi

当記事は、UOMO2024年1月号掲載分から文章を修正したうえで転載しています。



Text:Toji Aida

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