現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、アメリカの映画業界の闇に迫る社会派作品『アシスタント』 。
『アシスタント』
監督・脚本・製作・共同編集/キティ・グリーン
出演/ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファデイン、マッケンジー・リー
6月16日より新宿シネマカリテほか全国順次公開
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女性監督のルッキズムへの問題提起。 正義の中にある偽善の可能性も示唆
2019年の作品なのでコロナ禍前ですが、まったく古くはなっていませんね。優秀な女性が、映画プロデューサーというクリエイティブな仕事を選んだものの、コピーや電話番などの雑用ばかり。昭和を知る人間としては、どの業種も新人の頃はそのような側面があるのでは、と思わなくもないのですが、リベラルな考え方が主流の現在、アメリカで、しかも映画会社でこんなことがある、というのは衝撃です。
ドキュメンタリーを撮ってきた女性監督が末端で労働しているたくさんの女性たちから経験談を聞き、それをすくい上げる形でフィクションとして成立させています。まず語法が新しい。特に激しい展開はない。主人公にとっていちばん優しい男性である父親も、いちばん厳しい男性である会社の会長も、どちらも電話でしか登場しない。音楽も最初と最後だけで映画としては静か。しかし退屈ではない。演技巧者がちょっと刀を抜くとすごい芝居を見せる場面が一カ所だけあって、そこでお腹一杯になる。すごくミニマルでよくできている映画。社会告発系作品でよくある嫌な気分になることもありません。
ただ、感動はしなかった。就労における暴力的な差別意識が、企業の一個人、特に女性に傷を与えている。そして組織の上層部では性被害が起きている。問題意識としてはこれが一直線につながる。何もないようでいて、実は作劇があって、企業のヒエラルキーを具現化しています。しかし背筋が凍るようなことは起きていないし、この問題について声をあげよう、とまでは思わせない。アジテーションとしては弱い。
主人公の同僚の男性たちは味も素っ気もない人たちで、薬にも毒にもならない。男性陣は画一的に象徴として描かれるいっぽう、女性の描き方はこまやか。膨れっ面がかわいい主人公をオフィスで紅一点に据えながら、彼女とは対照的な美貌と肉体をもつスーパーモデル風の女性たちを性被害者として登場させることで、比較としてのルッキズムを無理なく織り込んでいる。
ある告発が映画のクライマックスになるが、一個人が主張する社会正義の中には、自分の屈辱を隠そうとするがゆえに発動する偽善の可能性もある。ロジカルに静かに問いかける着眼があります。ここは目から鱗でしたし、男性の監督には描けない世界観ですね。(談)
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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