現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が手掛ける、映画音楽家エンニオ・モリコーネの大作ドキュメンタリー『モリコーネ 映画が恋した音楽家』。
SELECTED MOVIE
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
監督/ジュゼッペ・トルナトーレ 出演/エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ
2023年1月13日TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
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苦悩と葛藤。世界的映画音楽家が 人生の大団円を迎えるまでを見つめる
なぜか料理人やファッションデザイナーより音楽家のドキュメンタリーは多い。その中でも極めて良心的で質が高いのがこの映画です。映像ソースがふんだんにあり、彼を尊敬している人たちがたくさんいるため顔ぶれが豪華。ブルース・スプリングスティーン、ピエル・パオロ・パゾリーニ、セルジオ・レオーネ、ダリオ・アルジェント、テレンス・マリックからジョン・ウィリアムズまで登場するのでうれしくなります。コメントする人々が無尽蔵。さすがエンニオ、という量です。故人も含め、誰もが本当に楽しそうに彼について語っています。上映時間も2時間37分の大ボリューム。クリエイターの人生を2時間にまとめようとすると特定の時期がバッサリとなくなりがちですが、どの時期も無駄にしたくなかったのでしょう。
世界で最も広く長く知られた映画音楽家エンニオ・モリコーネは口笛を響かせたマカロニウエスタン『荒野の用心棒』(1964)などでの卓越したアイデアで、今も多くの人を感動させ続けている。そんな彼が現代音楽家としての自分と商業音楽家としての自分の間で苦悩していた。クラシック畑の人が別の仕事で売れてしまうと悩むものですが、モリコーネはベートーベンくらい悩み、文学的な苦しみを背負っている。この葛藤をここまで露骨に赤裸々に見せたドキュメンタリーもない。イタリア人ならではの芝居がかった語りやしぐさも嫌ではなく、その熱意に心を打たれます。
それだけにオスカー候補になりながら5回も賞を逃し、一方で『ミッション』(1986)以降は、シンフォニーと民族音楽、合唱などが統一・融合された音楽世界で解脱していく様はやや複雑な思いに駆られます。とはいえクエンティン・タランティーノとの『ヘイトフル・エイト』(2015)で念願のアカデミー賞に輝き、翌々年、90歳目前で引退を発表、2020年コロナ禍にこの世を去る。例えば、同じくイタリアの巨匠ニーノ・ロータが失意のまま逝去したことを思えば、本人が自分自身のすべてを語り尽くした本作は、波瀾万丈な人生のきれいな締めくくりと言えます。
音楽家と映画監督の関係を研究している者の一人として、これは多くの人に観てほしい作品。一人の音楽家をここまでしゃぶり尽くすことができる映画は、めったにありません。(談)
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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