2024.05.18
最終更新日:2024.05.18

『青春』|働く若者の活気とバイタリティを映しとるドキュメンタリーの快作【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『青春』

『青春』
© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing

働く若者の活気とバイタリティを
映しとるドキュメンタリーの快作

 ワン・ビンは極めて誠実なドキュメンタリスト。例えばデビュー作の『鉄西区』では9時間11分を費やして、中国の暗黒史や経済史を描いた。言ってみれば、キツい現実を長く長く見せる監督。それは心に刻まれるものすごい映画経験であると同時に、拷問にも近い途方もなさ。

 ところがこの新作には、社会派ならではのジャーナリズムがほとんどなく、例えばフレデリック・ワイズマンが『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』で市民生活の活力を描いたような庶民もの。長江デルタ地帯の町工場で働く、上は27歳から下は15、16歳という若者たちだけを見つめています。

 まるで劇映画かと思うような幕開け。とても爽やかで、3時間35分というワン・ビンにしては短い尺があっという間。観終えた感触は、トラン・アン・ユンのような優しいアジア映画の余韻に近い。ワン・ビン作品を観たことない人、ワン・ビンにヘヴィな印象をもっている人も含め、万人におすすめできます。

 何しろ描かれているのは青春。恋模様だけでなく、賃上げ交渉しているシリアスな場面もひたすら青春です。怒鳴り散らしている工場長とその奥さんなんて、役者のよう。若者たちも全員、キャラ立ちしていて面白い。

 西側の大企業が低賃金・重労働で搾取しているという構造を見せる映画ではなく、日本でも珍しくなかった町工場の情景。国内に流通する子ども服などを、恐るべきスピードで縫い上げていく。口汚くやり合いながらも、雇われる側も雇う側もお互い切実で愛情も感じられる。画面の切り取り方には映画的な興奮もあります。

 どこか真面目すぎな印象もあったワン・ビンが、彼らの姿を「庶民の偉大な生活」と讃え、活気とバイタリティを映しとる。過剰なセンチメンタリズムで泣かせるようなところは1カ所もなく、ただ生身の人間の生の言葉、生の表情だけで観る者を癒やす。鮮やかなアイデア。パワーチャージされますよ。

 市場経済と資本主義を導入した習近平の長期政権が続き、中国全土が管理社会化されつつも、まだこの地域はそうではない。この前向きな視点もワン・ビンにとっては「中国とは何か」なのでしょう。アッパーでパワフルな人々に全方位的に癒やされるめったにない3時間35分です(談)。

『青春』

監督/ワン・ビン 編集/ドミニク・オーヴレイ、シュー・ビンユエン、リヨ・ゴン
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

『鉄西区』はじめ、重厚で骨太なドキュメンタリー作品で世界的に評価されている巨匠ワン・ビンが、長江デルタ地帯の衣料品工場に住み込みで働く出稼ぎ若年労働者たちの青春の日々をカメラに収めた一作。過酷な労働模様を活写しながら、そこにあえて社会問題は織り込まず、スマホに興じ、ヒットソングを歌いながら、時にぶつかり、時に恋をする若者たちを見つめる。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi

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