現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、ジョディ・フォスター主演の法廷スリラーだ。
SELECTED MOVIE
『モーリタニアン 黒塗りの記録』
監督/ケヴィン・マクドナルド
出演/ジョディ・フォスター、ベネディクト・カンバーバッチ、タハール・ラヒム、シャイリーン・ウッドリー
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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ジョディ・フォスターは素晴らしい! が、この題材は映画に向いていたのか?
9.11の首謀者の一人として拘束されながら一度も裁判は行われず、収容所で屈辱の日々を送るモーリタニア人。2015年に発刊され、衝撃を巻き起こした彼の手記を基にした作品。反政府勢力タリバンによってアフガニスタンの首都カブールが制圧されたばかりで再び中東情勢に注目が集まる中での日本公開になりました。
シリアスな題材を扱った映画には文句を言いにくいという状況もあります。しかしネットをはじめ表現が多様化している世界で、映画に向いている題材と、そうでない題材があるのではないか。この黒塗りの手記を原作として扱うとき映画にはしないほうがよかったと感じます。
気になるのは『アメリカン・スナイパー』(クリント・イーストウッド監督)に作りが似ていること。史実を基にアメリカを告発する近年の映画には既に定型があって、この作品もすべてが思ったとおりに進行する。モーリタニア人を弁護する女性弁護士が一度は難を逃れながら再び窮地に陥る、救世主が現れそして最後にはお決まりの…これでいいのだろうか。定型が強く、巨悪がやけに安っぽくも映ります。政治的かつ宗教的なこの問題。ぜひ広く多くの人に知ってもらいたいと思います。ただそうしたときに、俳優が稼働する劇映画には向かないのではないか。テレビでドキュメンタリーにして配信したほうがよかったのではないか。
ただ、弁護士を演じるジョディ・フォスターはいい仕事をしています。みだりにエモーショナルな演技に向かわず、あくまでもミニマルに徹する佇まいは、彼女の変わることのない知性を感じます。あえてイバラの道を歩んできたジョディならではの、デフォルメや身体改造に頼ることのない、女優としての役選びも含めた見事なセルフプロデュース。もしこれが完全なフィクションなら「ジョディ・フォスター優勝!」で盛り上がれるのですが、この題材ではそんな気持ちにもなれません。
1970年代、『大統領の陰謀』(アラン・J・パクラ監督)などのアメリカ映画が巨悪を討ちました。あれから時が流れ、21世紀の多くの映画が見世物としての極端なエンタメ化を推し進める中、この作品は貴重な告発系映画ではありますが、残念ながら定型から脱するような気概が感じられませんでした。
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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