現在公開中の映画を読み解く新連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、幻の黒人音楽フェスを題材としたドキュメンタリー作品だ。
SELECTED MOVIE
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
監督/アミール“クエストラブ”トンプソン
音楽監修/ランドール・ポスター
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
1969年6月29日〜8月24日の6度の日曜日に行われた野外フェス。キング牧師一周忌に捧げ、黒人たちが一堂に会したにもかかわらず、ひたすら穏やかでハッピーだったパフォーマンスの数々を発掘、参加者の現在の証言を加えて構成する。ヒップホップグループ、ザ・ルーツのアミール“クエストラブ”トンプソンが監督しサンダンス映画祭で審査員大賞と観客賞に輝いた。
1969年の夏。ニューヨークのマウント・モリス公園で行われたハーレム・カルチュラル・フェスティバルを記録したドキュメンタリーです。あらゆる意味で歴史的な野外フェス、ウッドストックの傍らでこのようなフェスがあったことを、不勉強ながら知りませんでした。
パフォーマンスは黒人、客も黒人、ボランティアも黒人。黒人ばかりのフェス。唯一の白人は当時のニューヨーク市長ジョン・リンゼイのみ。この市長、開会のあいさつをする前、かなり緊張しています。自身がリベラルであることを証明するためにフェスに協力したにもかかわらず、もし黒人たちに野次られたらどうしよう。そんな不安を漂わせている。ところが拍手喝采で迎えられ、途端に上機嫌に。人種差別主義者の乱入を防ぐため、後に過激な暴力集団と化していく悪名高きブラックパンサー党を警備に充てるという超法規的判断も見られる。当時、黒人だけのフェスはかなりリスクは高かったでしょう。ところがいざ物々しい構えで見ると、実はなんともジョイフルなフェスでした。
若き日のスティーヴィー・ワンダーは本当に楽しそうにドラムをたたいているし、絶好調期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの演奏が映像に残っているのも貴重。何かにアゲインストしているアーティストはおらず、ゴスペルから1950年代に活躍した往年の名シンガーまでが魅せるのは、音楽の癒やし効果を結晶化したような素晴らしいパフォーマンスばかり。歴史に残るような名演はない。しかし、みんながいい気分で歌い、演奏している。まるで町内会のお祭りの雰囲気。子どもたちは踊っているし、お年寄りも浮き世の憂さを忘れてほっとしている。ファミリーコンサートのような趣。人種差別に反対する若者たちの拳は、ここにはありません。でも、音楽はそれだけでもいいのではないかと思わせられる。
ブラック・ライブズ・マターの嵐が吹き荒れる現在のアメリカ音楽は、政治的プロパガンダとは無縁ではいられません。特にヒップホップは思想や主義をアジテーションするか、しないかでディスり合ってもいる。音楽がポリティカルな方向に向かう前の最後の時代を記録したこの映画には、音楽の力をめぐるさまざまなことを考えさせられました。
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
ジェーン・スー&高橋芳朗 愛と教養のラブコメ映画講座