まだ知らない体験や世界を読書は教えてくれる。嶋浩一郎さんの薦める今月の一冊は?
『酒を主食とする人々』

バカボンパパなら即移住決定か?
朝から酒を飲み続ける国
高野秀行さん。大好きなノンフィクション作家の一人です。ポリシーは「誰も行かないところに行き、誰もしたことのないことをし、誰も書かない本を書く」。
無駄こそがラグジュアリーだと信じている自分にとって、まさにそんな価値観を体現する作家さんです。かゆいところに手が届きすぎといいますか、よくそんなもの見つけてきたなというようなスーパーラグジュアリーなコンテンツを毎作見つけてきてくれるんです。
タイでは消化をよくする飲み物として激烈にまずいヤギの胃液を飲むらしいのですが、そんな絶対に食べたくない世界の料理を「食レポ」したり、禁酒で知られるイスラム圏で酒を求めて彷徨ったり。かなりリスキーなシチュエーションでの取材だと思うんですが、高野さん、好奇心の赴くままドンドン進んでいくんですよ。
そして、今回、彼が目をつけたのが子どもの頃から朝昼晩とごはんを食べるように酒を飲んで暮らすというエチオピアのデラシャ地方の人々。ほんとかよ! 医学的にそんなことがあり得るのか?と思ってしまうのですが、出勤前の警察官が朝ごはんに一杯。病院で入院患者がベッドで一杯。そんな信じられない光景が繰り広げられている世界があるんですって、奥さん。赤塚不二夫先生がこの驚愕の事実を知ったら即移住が決定していたはず。彼らがソルガムという穀物を発酵させてつくるパルショータという酒がどう飲まれるのか、彼らがどんな生活を送っているのかはぜひ本を読んでもらいたいのですが、彼らはごはんとしてお酒を飲むんですよね。子どもが大きく成長するために、今日の仕事はキツそうだから朝から力つけておこう!みたいな感じで。
お酒を飲む意味について考えさせられませんか? 仕事が片づいたあとの乾杯とか、つらいことがあったときに飲む酒もあるじゃないですか。彼らもそういうふうに飲むときがあるのかなあと。
まあ、僕らの価値観を一方的に押しつけるのはよくないですけどね。さあ、今日も仕事が終わったら美味しいビールを飲みに行きましょうか。
『酒を主食とする人々』
高野秀行著
本の雑誌社 ¥1,980
エチオピア南部のコンソ、デラシャと言われる地域にはイネ科のソルガムからつくられる酒を主食として飲む人が住んでいる。その二つの村で、一般家庭に滞在した著者。コンソ人とデラシャ人のキャラの違いや、家族の関係性も興味深い。東京の四ツ木駅近くにはエチオピアコミュニティがあり、ビールやテフという穀物でつくったインジェラというお好み焼き的な料理が食べられるそうだ。
1968年生まれ。博報堂ケトルクリエイティブディレクター、編集者。本屋B&Bの運営にもかかわる。著書に『「あたりまえ」のつくり方』『アイデアはあさっての方向からやってくる』など多数。