2024.07.19

『世界は経営でできている』|いったいどうして人は大事なことから忘れてしまうの?【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

まだ知らない体験や世界を読書は教えてくれる。嶋浩一郎さんの薦める今月の一冊は?

『世界は経営でできている』

世界は経営でできている

いったいどうして人は
大事なことから忘れてしまうの?

 今回ご紹介する本は慶應義塾大学准教授の岩尾俊兵さんの『世界は経営でできている』。壮大なタイトルだけど、別にグローバル企業の経営戦略について書かれた本ではありません。どっちかといえば、虫の目。職場のイライラや、妻とのすれ違い、マウンティングにむかつくことまで、すべての人の日常について書かれています。そう、あなたの世界についての本なんです。簡単にまとめると。うだうだとした日常の悩みの大半は、経営者の発想をもつことで整理整頓されるんじゃないかなと教えてくれる指南書です。

 例えば、ちょっと気になる女の子が「私、アニメが好きなの」と話すのを聞いて、アニメなんかに全く興味がないのに「あら、そう、オレもアニメ好きなんだよね」なんて調子を合わせて話して、そのあとドツボにハマるなんてことはよくある話ですよね。無理やりアニメの知識を詰め込み、とにかく彼女の前でアニメ好きを演じることに全力投球。あれ、アニメ好きになることが目標でしたっけ?

 人って不思議ですよね。いつしか大目標を忘れて、その手段に没頭してしまう。「健康おたく」と言われるひとたちが大量のサプリをとって満足しているのと同じ状況です。自分もこのスタンプラリー状態にしばしば陥ることがあります。スタンプを押し続けていると安心するんですよね。なにしろ、やってる感が出る。

 それ、全く目標に向かって近づいてなくないですか? 岩田先生はクールに突っ込みます。そう言われると、たっ、確かに。そもそもは彼女と仲よくなる、健康になるのが目標だったはずです。

 経営とは目標達成を目指す中で自分も相手もハッピーにする調整技術だと先生は言います。そう考えると、引き返せずに大惨事を招くハコモノ行政から、過剰なダイエットまで、日本中で大きなことから小さなことまでいろんなことが経営不在になっているわけです。多くの経営者が時価総額最大化を目指すのも同じ状況なんでしょうね。なんのために会社をつくったのでしょうか。経営を仕事にしている人にも気づきがある一冊です。

『世界は経営でできている』

岩尾俊兵著
講談社 ¥990

うんうんとうなずきながら一気に読める。コミュニティ全体がどうなるべきか考える経営の視点をもつことで、仕事、恋愛、老後、家族の見方をガラリと変えてくれる。「経営を忘れた人間はサル」なんて厳しいことを言うスタイルを著者自ら「令和冷笑文体」と名づけていますが、シニカルな笑いがちりばめられ、時にどこにいくのかわからない脱線もこの本の魅力になっている。

嶋 浩一郎

1968年生まれ。博報堂ケトルクリエイティブディレクター、編集者。本屋B&Bの運営にもかかわる。著書に『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。

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