読書をすることは自身の武器になり、血と肉にもなる。千野帽子さんお薦めの今月の一冊は?
『「𠮟らない」が子どもを苦しめる』
世界から押し返されることで
人は居場所を見つけていく
「鬼から電話」というアプリを、本書を読んで初めて知った。鬼が電話をかけてきて、威圧的な声で聞きわけのない幼児に一喝してくれるサービスらしい。サンプル音声を聴いたが、未就学児だったらけっこう怖いんじゃないだろうか。どうやら、季節に関係なく声優さんが「なまはげ」をやってくれるみたいなもののようだ。
子どもがマナーに反したときに「お店の人に怒られるからやめなさい」と注意するのに似てる。ちょっとどうかと思う。でもアイディア商品としておもしろい。
子どもを「押し返す」ことの責任から、この商品は親を一時的にかくまってくれるようだ。本書のキーワードは〈世界からの押し返し〉。物体はこちらの気持ちを汲んでくれないし、他人には他人の意志がある。世界は自分を押し返してくる。ままならない。ブッダが言った「苦」のことだ。
人は世界から全能感を何度も押し返されて世界を知っていく。本書によると、押し返す役と受け止める役を養育者が兼ねることができる時期は、子どもが八、九歳くらいまでだという。
本書は藪下氏がスクールカウンセラーとして実見した児童・生徒の不適応事例や改善余地のある親のケースを数多く紹介する。親が「世界からの押し返し」を子どもに回避させる(ことで、自分も押し返す責任を回避している)現状、子どもが過度の「お客さま意識」「被害者意識」を持ってしまう機序を仮説的に描き出している。
〈彼らは「変えようがない現実」を前にすると、その現実を伝えてきた人が自分を阻んでいるとしばしば認識します〉。〈「みんながその現実の傘の下で生きている」というイメージが大切です。彼らは思い通りにならない現実に対して、「どうして自分だけ」という不満を抱きがちです〉(二一三─二一四頁)。大人でもこんなスタンスになりがちなケース、よく見ますね。
本書で「鬼から電話」を使っちゃう親として紹介された事例は、藪下氏自身のことだという。改善余地のある親の事例に自分を入れちゃうのすごくお茶目だし、そういうセルフフィードバックできる人は親としてもカウンセラーとしてもいいなあ。
『「𠮟らない」が子どもを苦しめる』
藪下遊、髙坂康雅著
筑摩書房 ¥1,012
藪下(本文担当)は1982年生まれ。仁愛大学大学院人間学研究科修了、東亜大学大学院総合学術研究科中退。東亜大学大学院人間学研究科准教授を経て福井県・石川県スクールカウンセラー。髙坂(コラム担当)は1977年生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。和光大学現代人間学部教授。著書に『恋愛心理学特論』(福村出版)、『深掘り! 関係行政論 教育分野 公認心理師必携』(北大路書房)など。
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ともにちくまプリマー新書)など、共著に『東京マッハ』(晶文社)。