2025.03.19
最終更新日:2025.03.19

『おとぎ話はなぜ残酷でハッピーエンドなのか』|「童話」でも「民話」でもない「おとぎ話」というアングル【BOOKレビュー 武器になる本、筋肉になる本|千野帽子】

読書をすることは自身の武器になり、血と肉にもなる。千野帽子さんお薦めの今月の一冊は?

『おとぎ話はなぜ残酷でハッピーエンドなのか』

『おとぎ話はなぜ残酷でハッピーエンドなのか』

「童話」でも「民話」でもない「おとぎ話」というアングル

 おとぎ話と聞いて、あなたはなにを思い浮かべるだろうか。桃太郎、シンデレラ、赤ずきん、美女と野獣、一寸法師、アラジン、ジャックと豆の木……?

 おとぎ話はコンテンツの泉、そして近代文化の伏流だ。世界初(諸説あり)の長篇アニメはおとぎ話が原作だった。それをディズニーみずから実写化した新作『白雪姫』が、まもなく公開される。

 おとぎ話ってだれもが認知してるのに、正味のところをきちんと把握できていないことが多い。「原則ハッピーエンド」「主人公が原則美人」「脇役の扱いが雑」の不思議な文学ジャンル。本書は西洋を中心に、世界各地のおとぎ話を、「沈黙の試練」「異類婿」「見るなの座敷」といったモティーフを軸に紹介する。『鬼滅の刃』や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』におとぎ話の観点から光を当てる。

 おとぎ話は、児童文学と民間伝承という二領域に結びつけられがちだ。でも本書を読むとわかるけれど、おとぎ話は最初から童話だったのではない。残酷な要素があり、また露骨なものであれ仄めかしであれ、性の表現にも開かれていた。

 おとぎ話はまた、伝説や民謡、なぞなぞや諺とともに、文字文化と距離をおいた口頭伝承(言い伝え)の一部門とされてきた。おとぎ話を純粋に口承と決めつけ、書承(書き伝え)の力を軽視しがちな傾向にたいしては、僕はかなり批判的だ。

 その点で本書が嬉しいのは、二世紀ローマ帝国の著述家アプレイウスの小説『黄金の驢馬』(岩波文庫)の作中作「クピド(キューピッド)とプシュケの物語」を取り上げていること。この作品は、おとぎ話フォーマットの物語として現存最古の例なのに、おとぎ話を民話に結びつけすぎる日本では、知名度が不当に低い。

 旧型ディズニープリンセス(白雪姫・シンデレラ・オーロラ姫)はこの四〇年ほど、「受け身な女」呼ばわりされて、好きだと言い出せない空気だった。でも時代は悪いほうにもいいほうにも変わる。彼女たちを好きだと言える世界を取り戻したほうが、世界は健康だ。僕もおとぎ話に関係する本を出す予定です。

『おとぎ話はなぜ残酷でハッピーエンドなのか』

ウェルズ恵子著
岩波書店 ¥1,034

著者は1958年生まれ。津田塾大学大学院文学研究科博士前期課程修了、神戸大学大学院文化学研究科博士後期課程中退。愛媛大学教養部専任講師、立命館大学文学部教授などを歴任。『黒人霊歌は生きている 歌詞で読むアメリカ』(岩波書店)で立命館大学博士(学術)。編著『狼女物語 美しくも妖しい短編傑作選』(工作舎)ほかで日本比較生活文化学会賞・亀井俊介賞。著書『アメリカを歌で知る』(祥伝社新書)など。

千野帽子

文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』(ちくまプリマー新書)など。近刊『青ひげ夫人と秘密の部屋』(光文社)。訳書にトマス・パヴェル『小説列伝』(水声社)。

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