読書をすることは自身の武器になり、血と肉にもなる。千野帽子さんお薦めの今月の一冊は?
全ルートクリアするころにはあなたは人生を達観している
ゲームブックは紙でできたロールプレイングゲームだ。本文の最初のページでは、「あなた(きみ)は……」という二人称で主人公が呼ばれ、読者は要所要所で選択を求められる。そのチョイスは二者択一だったり三択だったりする。どの選択肢を選ぶかによって、異なったページに移動する。インタラクティヴな小説なのだ。
本書の主人公である〈君〉は、〈好きになった美人の女の子が小説をめちゃくちゃ読んでいて、すばらしい作品を書く作家をまるで神様のように崇拝していたから〉、という理由で、〈大学に入った年に小説を書き始めた〉(「プロローグ」三頁)。
原稿を送りつけて二か月音沙汰のない編集者にもう一度メールを送るか? もう少し様子を見るか? ナメた態度をとって立ち去ろうとする相手を引き止めるか? それとも黙って背後から襲うか? 格闘技を始めるならボクシングか? それとも少林寺拳法か?
どんな公募新人賞に応募すべきか。〈ある程度選考は通りそうだ、という賞の最終選考委員を見ると絶対に君とは合わない作家が並んでいたり、相性が悪く一次通過も難しそうだ、という賞に限って最終選考委員は君とそりが合いそうだったりする。すべてがうまく嚙み合う賞というのは、なかなか見当たらないものなのだ〉。
こういう状況で、小説家になると言って働かず家にいる〈君〉に、父は〈真剣に書いてるか?〉(六八頁)と尋ね、リアル真剣(日本刀)を抜いて斬りかかり、これから応募する文学賞の表を作って冷蔵庫に貼るように命じる──。
この緊張感あふれる場面のあとに読者に突きつけられる選択肢が、表を
・ワードで作るなら 4へ
・エクセルで作るなら 31へ
というゲームブック史上空前の二択。
小説としてもゲームブックとしても異色作だが、異色作ばかり書いているこの作家への入門の一冊としても最適だ。他方、佐川恭一の読者には馴染み深い無国籍多言語作家エメーリャエンコ・モロゾフの名も登場。全ルートクリアするころ、読者は人生を達観していることだろう。
『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言―
~新感覚文豪ゲームブック~』
佐川恭一著
中央公論新社 ¥1,980
著者は1985年滋賀県神崎郡能登川町(現東近江市)生まれ。京都大学文学部社会学専修卒業後、公務員に。『終わりなき不在』(ネコノス文庫)で日本文学館出版大賞、「踊る阿呆」(『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』所収、集英社)で阿波しらさぎ文学賞を受賞。著書に『シン・サークルクラッシャー麻紀』(破滅派)、『ダムヤーク』(RANGAI文庫)、『舞踏会』(書肆侃侃房)ほか。大阪府在住。
千野帽子
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ともにちくまプリマー新書)など、共著に『東京マッハ』(晶文社)。