ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンが紡ぐ大人のロマンチックコメディ。脚本の勉強に持ってこい、という完璧な構造の作品をふたりはどう読み解くのか?
シニア世代の“完璧な”ラブコメ作品
ーー今回はシニア世代のラブコメ作品『恋愛適齢期』(2003年)です。いかがでした?
ジェーン・スー(以下、スー):最高でした! ドキドキしながらも安心して観ることができましたね。ラブコメ映画のお手本のような作品なんじゃないかな?
高橋芳朗(以下、高橋):まったく同感。シニアものでありながらしっかり王道なラブコメとして成立しているあたりはさすがナンシー・マイヤーズの監督作だね。では、まずはあらすじから。「30歳以下の若い美女たちを相手に恋愛を楽しむ63歳の独身富豪、ハリー(ジャック・ニコルソン)。ある日彼は恋人マリン(アマンダ・ピート)の別荘で心臓発作に見舞われてマリンの母親エリカ(ダイアン・キートン)の看病を受けることに。離婚を経験して気ままな生活を送ってきた54歳のエリカは劇作家として成功をおさめ、ちょうど別荘で新作を執筆中だった。そんなエリカとハリーは最初こそ反発し合うものの次第に意気投合。お互いに惹かれ合っていくことになるが、エリカに好意を寄せるハリーの担当医、20歳年下のジュリアン(キアヌ・リーブス)の出現により事態は思わぬ方向に…」というお話。
スー:とにかくたくさんの人に観て欲しい一本。ラブコメ映画の構造を理解するために5本の映画を挙げろって言われたら、この作品を入れるくらい完璧。スタートから5分でハリーとエリカが最悪の出会い方をして、そこから15分で恋敵のジュリアンが出てくる。メインの登場人物が出てくるまでの20分間がスムーズ極まりない! ラブコメ1000番ヤスリで磨きに磨いた職人芸の連続。これでいいんだよ、いや、これがいいんだよラブコメ映画は…。
高橋:正統派なラブコメのセオリーを踏襲つつ、それでいてちゃんとシニア対応の物語になっているのがすごい。監督のナンシー・マイヤーズがここでなにかをつかんだのは彼女のこのあとのフィルモグラフィからも明らかだよね。だって『ホリデイ』(2006年)を挟んで撮ってるのがメリル・ストリープの『恋するベーカリー』(2009年)とロバート・デ・ニーロの『マイ・インターン』(2015年)。完全にシニア世代を描くことに意義を見出してる。
「僕は別れたくなかった。もっと長く楽しめたのに…。なぜ女は白黒つけたがる?」ーーハリー
スー:俗に言う「老いらくの恋」って言葉、ちょっとみっともないみたいなニュアンスあるじゃない? 周りが見えなくなっちゃうような。でも、そんなことないのよ。恋愛は若者だけのものじゃない。ちゃんと、シニア層ならではの悩みや問題も描いているしね。エリカの妹ゾーイ(フランシス・マクドーマンド)の口を使って、社会における高齢男女の非対称性をコミカルだけどしっかりと熱弁させるのもいい。心臓発作ってフラグの回収も美しすぎたわね。
高橋:うん。心臓発作がギャグとして「天丼」になっていく展開がブラックで最高だった(笑)。
スー:エリカからの人工呼吸を嫌がるハリー、って場面も含めて一切無駄がない。ところで、心臓発作を起こすと必ずバイアグラの話になってたね(笑)。バイアグラっていつのまにか、創作のなかで「大人になれない男の象徴」みたいになってる。「バイアグラ飲んでる=見栄っ張りな小心男」のような描写って結構多いと思わない?
高橋:フフフフフ、やっぱりバイアグラの服用は相手からするとドーピング感があるということなのかな? ハリーに関しては見栄っ張りというよりもセックスへの執念のようなものを感じるね。
スー:この作品は展開のスムーズさが常軌を逸してる。冒頭からかなり激しく反目させておきながら、“眠れない”っていうふたりの共通点が見つかるのが開始30分あたり。期せずして互いのお尻とフルヌードを見ちゃったふたりを、あそこまでロマンチックに持っていけるのもすごいし!
高橋:音楽の使い方も良い意味で懲りすぎてない。白眉はハリーがマリンとの夜にムードづくりでマーヴィン・ゲイの「Let’s Get It On」を流す場面。結果的に心臓発作で倒れたハリーにエリカが人工呼吸して「Let’s Get It On」することになるという(笑)。
スー:あそこのシーンね! すごくなめらかだよね。
「うまくいかなくても愛から逃げちゃダメ。たとえ傷ついても。それが生きることよ」ーーエリカ
高橋:そうそう、ちゃんと笑いも入れてくるんだよね。エリカの印象的なセリフとしては「私を嫌ってるの? それともいちばんの理解者なの?」も味わい深いものがあったな。
スー:パジャマパーティーのシーンね。あの場面も可愛かった。そうそう、やりたい放題のハリーとは対称的に、ひとりで夜を過ごす自分を後ろめたく思うエリカの描写が序盤にあるじゃない? あれを45分くらいで綺麗にひっくり返すのよね。今度はハリーが夜を持て余す、っていう。うまい! というか、わかりやすくて親切!!! そして、52分で大きなフラグが立つ。「本当の恋とはどんなものなのか」っていうね。
高橋:あとはニューヨークに戻ったハリーが性懲りもなく若い美女とデートしていたらエリカと鉢合わせになる場面とかね。エリカに責められたハリーがうろたえながらこぼす「恋人になる術を知らないんだ」というセリフのいたたまれなさがまたなんとも。
スー:男のコミットメントフォビアね。その先も良かったわ。現実社会でもよくあるやつ。ひどいことをした男が自分の思いをじっくりひとりで勝手に温めて、満を持して女のもとに戻るも、女のほうは「はぁ? いまさら?」ってなるやつ。
高橋:自分の思いをじっくりひとりで勝手に温めたこと、あるある(涙)。これは男はやりがちかも。
スー:笑。自分の気持ちを考えるのに時間がかかりすぎですよ。一方、エリカはこの経験を自身の作品にちゃんと反映させた。非常に現実的(笑)。
高橋:基本ユーモア交じりに描いてはいたけど、あの年齢であの本気具合からの失恋は実際に食らったら相当こたえるだろうね。それをまた娘のマリンへの教訓として活かそうとするあたりが泣けてくる。「たとえうまくいかなくても愛から逃げちゃダメ。たとえ傷ついてもそれが生きることなんだから」って。
スー:気恥ずかしいほどのまっすぐなメッセージが、まさにラブコメ映画の醍醐味!
『恋愛適齢期』
監督:ナンシー・マイヤーズ出演:ジャック・ニコルソン、ダイアン・キートン、キアヌ・リーブス
公開:2004年3月27日(日本)
製作:アメリカ
Photos:AFLO