“心のすれ違い”を感じている夫婦必見! 長年連れ添ってきたカップルが直面するであろう問題をとてもリアルに、かつ面白おかしく描いた作品を紹介します。
「まるでふたりの労働者が一緒に暮らしているみたい。二段ベッドに寝ているような。家があるだけで、他に何も絆がないみたい」ーーケイ
結婚31年目を迎えた夫婦の“リアルな”心のすれ違いを描く
ーー取り上げるのは『31年目の夫婦げんか』(2012年)です。今回はスーさんご推薦の映画ですね。
ジェーン・スー(以下、スー):ずっと観たかったんですよ。すんごい良くて、泣き過ぎで頭が痛くなったほど! 間違いなくラブコメ映画なんだけど、笑ってやり過ごしてはいけないことがたくさん詰まってる。ヘビーという意味ではなく、ガツンとくるものがありました。UOMO読者に、なんとしてでも観て欲しい1本!
高橋芳朗(以下、高橋):いやー、めっちゃ良かった! コメディに寄りすぎず、でもシリアスすぎず、絶妙なバランス感覚だったね。では、まずはあらすじから。「変わりばえのない毎日を送る結婚31年目の夫婦、ケイ(メリル・ストリープ)とアーノルド(トミーリー・ジョーンズ)。もう一度人生に輝きを取り戻すため夫婦関係を見つめ直そうと思い立ったケイは、アーノルドを無理矢理一週間の滞在型セラピーへと連れ出す。だが、いざカウンセリングがスタートするとセラピストのフェルド医師(スティーヴ・カレル)より予想もしなかった“宿題”を出されてふたりは困惑。そんななか、初めて感情をさらけ出していくケイ。抵抗を示していたアーノルドも次第に本心を打ち明けはじめるが…」というお話。監督は『プラダを着た悪魔』(2006年)やドラマ版『セックス・アンド・ザ・シティ』シリーズなどのデヴィッド・フランケル、脚本は『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)のヴァネッサ・テイラー。
スー:なるほど、そりゃテンポが秀逸なわけだ。冒頭の、妻のケイから見た夫アーノルドの問題行動をあげつらう手腕が鮮やか過ぎて脱帽。あからさまな説明は一切なしなのに、最初の7分でこの夫婦が抱えている問題とテーマがはっきりとわかるじゃない? 「朝ごはんを出す妻、礼も言わずに新聞を読みながら食べる夫」「家族ディナーで、作っていないのに偉そうに最初に取り分ける夫」「ディナーを片付ける妻、ゴルフ番組を観ている夫」「寝室がバラバラで、妻の提案を受け入れない夫」。でも、ケイは怒った表情なんか一切見せない。あきらめて受け入れているの。それを定点観測のようにポンポンポンと見せてくるのよね。だけどケイにも我慢の限界があって…。
「浮気もしないで正しく生きてきた。この31年間はなんだったんだ!?」ーーアーノルド
高橋:まさに「ギャー!」ってなった(笑)。やっぱりここでもすんなりとはいかないんだよなー。
スー:ね。この作品が素晴らしいのは、最後までふたりがうまくいくかどうかわからないってところ。「ポスターを見ただけで誰と誰がくっつくかわかる」でお馴染みのラブコメ映画のくせに!
高橋:そうそう! 派手さのないいぶし銀の演技と演出なんだけど、なぜかめちゃくちゃスリリング!
スー:アーノルドは自分自身に向き合っていなかったんだよね。これはケイじゃなくて、アーノルドの映画。物語の解像度が高くて、演出の明度も彩度もバキッとしてる私好みのラブコメ映画だけど、ここまでウェルメイドなのはなかなかない。
高橋:いやホント、ウェルメイドって表現がいちばんしっくりくる。やるべきことを過不足なく着実にクリアしていったプロのお仕事。
スー:少ししか出てこなかったけど、アーノルドと同僚の会話も男のステレオタイプながら良かったよね。このちょっとしたステレオタイプ具合が、適度なラブコメ映画の温度を作り上げてるとも言える。
高橋:結婚生活に失敗したアーノルドの同僚の「妻に花でもネックレスでも贈っておけばよかった。そうすればいまごろ独り暮らしはしていなかった」というぼやきも妙に印象に残ってるな。結局アーノルドはこのひとことでセラピーに応じることを決意する。
スー:あそこもアーノルドの間違った男らしさだよね。妻の心からの言葉より、同性の同僚の言葉の方が響くんだもの。「自分が信用している同性の言葉なら聞く」ってやつよ。けどさ、アーノルドはなんであんなに日常生活に無関心でいられたんだろう?
高橋:自分はやるべきことはやっている、という自負があるんだろうね。
スー:なるほどね。仕事はちゃんとやってるし、浮気はしてないし、文句ある? って感じだったもんね。すごく的を射た意見!
高橋:「いったいなにが不満なんだ?」って、ずっと頭上にクエスチョンマークが浮かんでる感じだよね。
スー:ケイが不安を口にすると、アーノルドは即座に人格否定されてると思っちゃうんだよね。どうですか、既婚者として思い当たるフシはございますか? フフフフ。
高橋:あるある(笑)。でもまあ、この自粛生活のお陰で以前より互いの理解は深まったかもしれない。どうしたって話す機会が増えるからね。
『31年目の夫婦げんか』
監督:デヴィッド・フランケル
出演:トミーリー・ジョーンズ、メリル・ストリープ、スティーヴ・カレル
公開:2013年7月26日(日本)
製作:アメリカ
Photos:AFLO
ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。
高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。