高橋:うん。初っ端のタイトルバックで流れるビリー・マック(ビル・ナイ)の「Christmas Is All Around」からしてきっちりと物語の進む道を示してるからね。これはイギリスのロックバンド、トロッグスの1967年のヒット曲「Love Is All Around」(タイトルは「愛はそこら中にあふれてる」の意)の替え歌なんだけど、ぜひオリジナルの歌詞と重ね合わせて聴いてほしいな。ちなみに、リチャード・カーティスの出世作でヒュー・グラントとの初タッグ作になる『フォー・ウェディング』(1994年)の主題歌はウェット・ウェット・ウェットによる「Love Is All Around」のカバーなんだよね。
スー:そうだったっけ!? つながってる!
高橋:ウェット・ウェット・ウェット版は全英チャートで当時最長の15週連続1位を記録する大ヒットになってるんだけど、それを踏まえるとビリーが往年の名曲を歌って一発当てようと目論んでる設定はなんだか自虐的というか、ちょっとブラックなジョークにも思えてくる(笑)。ビリーも自分から「クソみたいな曲」って言ってるし。
スー:そうそう。皮肉っぽく始まる物語なのに、いつのまにか涙がこぼれてくるから不思議。無関係に見える人たちが最後につながってくるのはアンサンブル映画の定石だけど、終盤に向けてどんどん胸が温かくなっていくのよね。
高橋:「Christmas Is All Around」はまさにその無関係な19人をつなぐ役割を果たしているとも言えるし、そんな人々を温かく見守る存在でもあるんだよね。さっきスーさんが指摘していたように『ラブ・アクチュアリー』は音楽がすごく雄弁で、ダニエルがローラーマニアだった亡き妻の葬式で彼女に捧げるベイ・シティ・ローラーズ「Bye Bye Baby」、サラ(ローラ・リニー)とカール(ロドリゴ・サントロ)をスローダンスにいざなうーーそしてこのあとサラを待ち受ける運命をも暗示するノラ・ジョーンズ「Turn Me On」、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ブギー・ナイツ』(1997年)を彷彿とさせる使い方でドラマティックに物語を総括するビーチ・ボーイズ「God Only Knows」などなど、印象的な曲を挙げていくとキリがないんだけど、そんななかでも唸ったのがハリー(アラン・リックマン)とカレン(エマ・トンプソン)の熟年夫婦の関係性を見事に体現するジョニ・ミッチェルの「River」と「Both Sides Now」。
スー:あれは刺さりまくるね。
高橋:別れた恋人との心の隔たりを川になぞらえたクリスマススタンダードの「River」も以降の二人の展開を示唆する選曲でめちゃくちゃ切なくなるんだけど、愛や人生の光と影を歌った「Both Sides Now」のシーンは「愛というものを与える側と受け取る側、両側から見てきたが、でも振り返ってみるとそれは愛の幻想にすぎなかった。私は愛のことなどなにもわかっていないのだ」という歌詞も相まって本当に悲しくなる。
スー:小難しい曲はひとつも使っていないところも私は大好き。誰もが知ってる大ヒットポップスばかり。なのに、それぞれの人生のかけがえのないBGMになってるのよ。映像が、単なるミュージックビデオには成り下がってないの。物語のほうが強い。うまく言えないけど、音楽を効果的に使いながらも、その力に頼り過ぎてはいないというか。
高橋:うん。マークがジュリエットの結婚式の最後にサプライズで仕掛けるリンデン・デヴィッド・ホールの「All You Need Is Love」、それからサム(トーマス・サングスター)の片思い相手のジョアンナ(オリヴィア・オルソン)がクリスマス・コンサートで歌う「All I Want for Christmas Is You」などを観てもらえばスーさんが言っていることは伝わるんじゃないかな。「All You Need Is Love」は「Christmas Is All Around」のメッセージを映画の序盤でさらに強調しているようなところがあるし、「All I Want for Christmas Is You」に関してはクライマックスに向けて物語のギアをトップにもっていく加速装置になってる。基本的に雰囲気や気分で選曲していないんだよね。一曲一曲がちゃんと物語と有機的に絡み合ってる。
スー:ただの小道具にはなってないのよね。
高橋:その一方、デヴィッドがポインター・シスターズ「Jump (For My Love)」に乗せて首相官邸内を縦横無尽に踊り回る茶目っ気たっぷりのミュージカルシーンがあったりするのも楽しい。実はこの曲の歌詞も秘書・ナタリー(マルティン・マカッチョン)のデヴィッドに対する秘めた思いを代弁しているとも受け取れるんだよね。「その火を飛び越してこい!」と。
高橋:同じクリスマスを舞台にしたラブコメ映画では『あなたが寝てる間に…』(1995年)もそうだけど、やっぱり他人を思いやる気持ち、素晴らしいホリデーシーズンをみんなでシェアしようというクリスマススピリットが根底にあるんだろうね。そもそもクリスマススピリットとラブコメは信条的にめちゃくちゃ相性がいいんだよ。スーさんが言った「壮大な嘘を信じさせる」という点においてもクリスマスは最高のステージだと思うな。壮大な嘘といえば、この映画は「ヒュー・グラント首相」を力ずくでアリにしているのもすごい(笑)。
スー:なにがすごいってさ、首相との恋も、小学生の片思いも、すべてちゃんと同価値に思えるところなのよ。愛に貴賎がない。作り手の矜持だと思う。
高橋:うん。そのスタンスは最後の最後で明確に提示されるよね。「愛に貴賎なし」という話が出たところで聞いておきたいんだけど、ジュリエットに片思いしてるマークがクリスマス・イヴにとる行動、あれってどう思った? 普通に考えれば絶対にアウトだと思うんだけど、あそこに至るまでのマークの葛藤に思いを馳せつつ「これでいいんだ…これでいいんだ」と自分を諭すようにつぶやきながら去っていく彼の姿を見ていると、怒涛の群像劇の流れの中ということもあって泣けてきちゃって。女性陣からは「キモい!」って一蹴されてしまいそうだけど、ビリー・スクワイアも「Christmas Is Time to Say “I Love You”」と歌っていることだし大目に見てほしい!
スー:あれだけで観るとやや気持ち悪い話なんだけどね…。このマーク役のアンドリュー・リンカーンって役者、どっかで見たことあるなあと思いながら観てたんだけど、びっくり! 『ウォーキング・デッド』のリック(主役)だよね! 出世したわねぇ~。そうそう、俳優陣の豪華さも、この作品の特筆すべきポイントかも。コリン・ファースも『シングルマン』(2009年)や『英国王のスピーチ』(2010年)前だし。大物になる前の俳優がたくさん出てる。ジュリエット役のキーラ・ナイトレイの初々しいことと言ったら…。
高橋:キャストではちょい役やカメオもなかなか見所あったね。アメリカ大統領役のビリー・ボブ・ソーントン、ただのコメディリリーフと甘く見ていたら思わぬところで思わぬ活躍をするローワン・アトキンソン、アメリカへナンパ旅行に行くコリン(クリス・マーシャル)のエピソードに登場するデニス・リチャーズとシャノン・エリザベス。あとは90年代に一世を風靡した某スーパーモデルが出てくるけど、それはお楽しみにしておこう(笑)。
スー:イギリスではモテなくても、アメリカでならモテるはずだって思いこむ青年のエピソードね。で、連れて帰ってきたのが思いっきりステレオタイプなアメリカ人女性! アメリカに対して必ず辛辣な目を向けることを忘れないのがリチャード・カーティスだよね(笑)。リチャード・カーティスは天才脚本家にして、ラブコメ映画の神様。
高橋:彼が携わったラブコメディはほぼすべてクラシックだもんね。