2023.12.15
最終更新日:2024.03.08

『Magic 3』ナズ|相方を探し求めるヒップホップの救世主【超初心者のためのHIPHOP STARTUP|長谷川町蔵】

「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する連載の第12回目。今回は、ヒップホップの救世主ナズについて。

『Magic 3』ナズ|相方を探し求めるの画像_1

今回のアーティスト&作品

ナズ_Magic 3_Japanese Soul Bar


『Magic 3』
ナズ

Mass Appeal


 長いヒップホップの歴史において、1994年、ナズが二十歳の時にリリースしたデビューアルバム『Illmatic(イルマティック)』は「史上最高のヒップホップ・アルバム」なんて企画があると、必ずベスト5に入る名盤だ。制作当時、彼の地元ニューヨークはヒップホップ生誕の地でありながら、西海岸産ギャングスタ・ラップに押されて息も絶え絶えの状況だった。若き天才詩人ナズは、その伝統を絶やさないために荒野に送りこまれた救世主だったのだ。DJプレミアやピート・ロックなど当時のニューヨークを代表するプロデューサーたちが手がけたトラックにのった彼はこれ以上ないくらい輝いていた。


 ところが’90年代後半になると、ヒップホップ自体のビート感覚が変わってしまい、『Illmatic』に参加していたプロデューサーたちは時代遅れとみなされるようになってしまう。ナズも流行りのサウンドをつくるプロデューサーと組むものの、今ひとつ相性が悪くて不完全燃焼。この人、本質的には昔ながらのビートしか合わないラッパーなのだ。それを心配したジェイ・Zに「おまえオワコンじゃないの?」とディスられて、『Stillmatic(今もイルマティック)』なんてアルバムを出したりしたくらいだった。


 しかし起死回生の同作で人気を取り戻したナズはこれ以降、「昔ながらのビートを今っぽく聴かせる」プロデューサーを探してはコンビを組む旅へと出た。そんなやついるのかって? いたんですよ。それがカリフォルニア出身のヒットボーイ。相性ばっちりの相方を得たのがよほどうれしかったのか、ナズはこの3年間で何と6枚ものアルバムをリリースしている。同世代のラッパーたちが実業家や俳優になったりしているのに、この現役への執念は異常なものがある。最新作は五十歳の誕生日にリリースした『Magic 3』。しかし日本のソウルバーでの至福体験を嚙み締めるようにラップした「Japanese Soul Bar」が話題の本作で、両者のコラボレーションはいったん終了らしい。本作を最後にナズも副業にシフトしていくのだろうか? いや、彼はきっと次の相方を探しに旅へと出るはず。それこそがヒップホップの救世主に課せられた運命なのだ。



長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。


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