2018.12.29
最終更新日:2024.03.07

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座 Vol.2『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』

ジェーン・スーと高橋芳朗がラブコメ映画について熱く語る連載の第2弾! 女の子応援映画の中に男性が観るべき真髄、教えます。

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_1

これぞ新しい時代の王道ラブコメ映画

――今回紹介する作品は現在公開中の『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』です。

高橋芳朗(以下、高橋):こういう王道感あふれるラブコメ映画が劇場でかかるというだけでうれしくなっちゃうよね。では、さっそくあらすじから。「容姿にコンプレックスがあることからなかなか自分に自信をもてないでいる化粧品会社勤務のレネー(エイミー・シューマー)。彼女は自分を変えようとジムに通い始めるが、エクササイズ中に頭を打って気を失ってしまう。目が覚めたレネーはなぜか自分が絶世の美女になったと思い込み、それに伴って性格も超ポジティブに大変身。一転して自信に満ち溢れた彼女は仕事も恋も絶好調になるが…」というお話。

ジェーン・スー(以下、スー):新しいラブコメ映画の誕生に私も感激しちゃった。というのも、旧来型のラブコメ映画には「大好きな男の子と結ばれるのが女の子の一番の幸せ」ってメッセージが多少なりともありました。だけど、ここ十年で女性の地位向上やダイバーシティ、ジェンダーロールを固定しない生き方のイシューが俎上に上がるようになって、「誰かに選ばれることだけが女の幸せではない」って女の人たちが気付いちゃったんだよね。恋愛至上主義のラブコメ映画がヒットしづらくなったのもそれが理由のひとつなんじゃないかな。でも、最近また流れが変わってきたように感じます。前回紹介した『おとなの恋は、まわり道』も今回の作品も、どちらも“ラブ”と“コメディ”の要素を持ちながら、メッセージを変えてきてる。「自分を信じられなきゃ、誰かに選ばれても幸せにはなれない」って。

高橋:ラブコメ映画の様式をきっちり踏まえつつ、ちゃんとそのへんがアップデートされているからね。これはなかなか感動的な体験だったな。映画の序盤のレネーの悲痛な叫び、「美しい容姿だったらもっと多くの可能性が開けたのに!」というセリフが飛び出したあたりから心を揺さぶられっぱなしだったよ。

スー:私は開始5分で泣きそうになったわ。あのジムのシーン! きれいな人ばかりで居場所がないとか、人より靴のサイズが大きいから恥ずかしいとか、痛いほどよくわかる。ヒロインのレネーと同じように、容姿コンプレックスがあって、そのせいで人生損をしているように感じてる女性は日本にも多いんじゃないかな。実際はどうか別にしても、キレイな子たちってものすごく得をしているように見えるしね。努力をすればレネーの現状も変わるんだろうけど、なかなかうまくいかない。そりゃそうよ、努力なんて「私はできる!」って自信がなきゃ続けられないもの。男性に例えるなら「俺にもっと学歴があったら」「もっと金持ちだったら」って気持ちと似てるんじゃないかな。富とか権力って、女性の場合は“美”とイコールにされることが多いから。自信がないと一歩前に踏み出せないのは、男も女も同じなのかも。

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_2
――「女の子応援」のラブコメ映画だと感じましたが、大人の男性も自分に置き換えて観ることができるのでしょうか? 高橋:もちろんそういうところで真価が発揮される映画なのかもしれないけど、男性でもレネーのもがきに自分を投影する人は大勢いるんじゃないかな? いまスーさんも言っていたけど、さっきの「~だったらもっと多くの可能性が開けたのに!」というコンプレックスはぜんぜん普遍的な話だと思いますよ。 スー:この映画のすごいところは、頭を打って自分が絶世の美女に見えるようになったレネーの「絶世の美女の姿」を一切映さないところ。つまりレネーの目に自分がどう見えているかは、観客にはまったくわからないの。私たちから見るとまったく同じ姿なのに、レネーはどんどん自信を付けて振る舞いを変えていく。すると、卑屈だったレネーがどんどんチャーミングに見えてくるんだよね。同じ容姿なのに! やがて素敵な恋人もできて。自尊感情が高まると、同じ容姿でも人に与える印象がガラッと変わるってことが手に取るようにわかる。これも男女問わず言えることだろうな。 高橋:そうなんだよね。堂々と振る舞ってる人はもうそれだけで素敵に見えてくるものなんだよ。少々耳の痛い話ではあるけどさ(笑)。 スー:コンプレックスを抱いているのはレネーだけではないという描写も丁寧だよね。化粧品会社の社長のエイヴリー(ミシェル・ウィリアムズ)は美人でセンスが良くて頭脳も明晰。でも人とは違う声がコンプレックスで。自分に自信が持てをない。すべてを手に入れているように見えるけれど、誰もが自分自身の暗闇の中にいるんだよね。どんなに恵まれて見える人に対しても「あなたには暗闇を持つ資格なんかありません」って、周りの人がジャッジしちゃいけないんだなと改めて思いました。 高橋:「私には私の、あなたにはあなたの地獄がある」というやつですよね。うんうん。
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スー:レネーの問題は、頭を打つ前も打った後も “世間のモノサシ”で自分を計っちゃってるところ。「美人は誰からも愛されるし、他者より堂々と生きていい」っていうモノサシね。だから頭を打つ前はおどおどしてるし、打った後は笑っちゃうほど堂々としてる。実はこのモノサシって彼女の中に内在化しているものなんだよね。大人になってから誰かに「不美人はダメ」って言われ続けたわけじゃないのに、自分で勝手に思っちゃってる。男の人にもそういう人はいるんじゃないかな? 「結局金だろ」「学歴重視だろ」とか、「ただしイケメンに限るんだろ」って思っているタイプ。世間はそんなこと思っていないのに、自分で自分をすり減らしている。一方、レネーの親友たちはいわゆる男好きするタイプではないけれど、比較的に自己受容ができてるタイプ。彼女たちは世間のモノサシを内在化させていないの。だから徐々にレネーと馬が合わなくなって…。この先は映画を観てからのお楽しみだね。

自尊心を持つことの大切さ

高橋:この映画、やはりというかなんというかファレリー兄弟監督の『愛しのローズマリー』(2001年)となにかと比較されてるみたいだね。あの映画は容姿の美しい女性ばかりを追いかけてる主人公ハル(ジャック・ブラック)が内面の美しい女性のみ美人に見える催眠術をかけれられて、その結果300ポンドある巨漢のローズマリー(グウィネス・パルトロウ)に一目惚れするというお話。共通点が多いのは確かなんだけどね。

スー:『愛しのローズマリー』は、いま観たらいろいろ問題のありそうな作品だよね。いつかここでも取り上げなきゃ。この2作品の違うところってさ、ヒロインは二人とも絶世の美女ではないんだけど、レネーのメンタリティはローズマリーじゃなくてハルなんだよ。つまり、「女はキレイな方がいい」ってモノサシで自分に低い評価を付けてる。罰を与えている側と受けている側が同一人物なんだから、そりゃレネーも混乱するわ。かたやローズマリーは世間が自分をどう見ているかは分かっているけど、自尊感情が低すぎないんだよ。自分には自分の良さがあるってことをちゃんとわかってる。

高橋:レネーの日本語吹き替えを務めてる渡辺直美さんが身をもってそれを証明してるよね。そのへんは劇中のビキニコンテストのシーンにも明快に描かれていたと思う。最初は嘲笑していた客をじわじわと味方につけていくさまが痛快だったな。

スー:ビキニコンテストの審査員がレネーの彼に言ったセリフ、地味だったけど感動したわー。

高橋:美しさに規準なんてない、そのままでいいんだってことなんだろうな。物語の進行と共に微妙にメイクや髪型を変えてヒロインの成長を外面の変化で表現するラブコメ映画はよくあるけど、この『アイ・フィール・プリティ』に関しては最初から最後までレネーの外見は基本的になにも変わっていないんだよね。

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スー:この映画のトレーラーがアメリカで公開された時に「なんで頭を打ってまで自分のことを美しいと思わなきゃいけないの?」とか「痩せてないと自信を持っちゃいけないの?」ってバックラッシュがあったらしいよ。でも、レネーは自分自身の手や足を見て「痩せた」とは一言も言っていないんだよね。「この脚顎のラインを見て!」とか「お尻最高!」とは言っているけど、決して「細くなった」とは言っていない。にも関わらず、「細くなきゃいけないのか」と批判する人たちがいる。逆に「ほら、それがあなたの頭の中に内在化されている“美のスタンダード”だよ」って晒しちゃってるわけ。怖い怖い! ――最後に、グッときたシーンやセリフを教えてください。 高橋:ネタバレになっちゃうから詳しくは言えないんだけど、レネーのボーイフレンドのイーサンが最後に彼女にかける言葉、ひさしぶりにラブコメ映画の決めゼリフでぐっときた! これ、シンプルではあるけど『恋人たちの予感』(1989年)のビリー・クリスタルの名ゼリフ「一日の最後に話したいのは君だ」級にロマンティックじゃない? しかも映画のテーマを踏まえたダブルミーニングになってるんだよね。完璧! スー:その前のレネーの発表会でのスピーチのシーンもラブコメ映画の王道を彷彿とさせるところがあってよかったよね。ああいうところはベタなほどいい。ベタ過ぎて最高! 高橋:うん、特に「子供のころは誰もが自信に満ち溢れているのに」というくだりは胸に迫るものがあったね。このセリフにも象徴的だけど、なにかコンプレックスに悩まされてる人だったら男性でもきっと共感できる映画だと思う。ボディポジティブに代表される現在のフェミニズムの潮流を知るうえでも男性諸氏はチェックしておく価値があるんじゃないかな。それにしても前回の『おとなの恋は、まわり道』といい、ラブコメ映画不遇の時代のなかでいまの時流に沿った新感覚のラブコメが続々と劇場公開されているのは本当にうれしい限りだね。2019年もこの状況が続きますように!

『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』

監督:マーク・シルヴァースタイン&アビー・コーン
出演:エイミー・シューマー、ミシェル・ウィリアムズ
12月28日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
Motion Picture Artwork ©2018 STX Financing, LLC. All Rights Reserved. © MMXVIII Voltage Pictures, LLC. All rights Reserved.
『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』公式サイト

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。

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