2023.07.03

『君のクイズ』小川 哲著|これは思考のサウナ! 脳味噌ととのいます【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

まだ知らない体験や世界を読書は教えてくれる。嶋浩一郎さんの薦める今月の一冊は? 今回は、クイズプレイヤーの美学と人間ドラマを軽やかな筆致で描く、直木賞作家の小川哲による新感覚ミステリ 『君のクイズ』。

『君のクイズ』小川 哲著|これは思考のサの画像_1

これは思考のサウナ! 脳味噌ととのいます


 絶対に覚えられない固有名詞をスラスラ答えるクイズプレイヤーをテレビで見て、この人たちは人間の域値を超えているなって思うことありますよね。 「ビャウォヴィエジャの森っ!」なんて、答えを聞いてもそれが何処にあるかわからない世界遺産の名前を速攻で答えられちゃう人とかね(ちなみにこの森はヨーロッパバイソンが暮らすポーランドとベラルーシの国境にあるらしい。覚えておいてね)。


 この小説はそんなクイズを極めた男2人がクイズ王を決める最後の決戦に挑む番組収録シーンから始まります。クイズ番組を見ているとアナウンサーが「芥川龍之介といえば、」なんて問題を読み始めるやいなや、問題を最後まで聞かずにボタンを早押しして正解を答える人がいますよね。なんでそれでわかるの?っていう人。でも、クイズ王たちの頭の中にはクイズに出そうな問題が無数にインプットされていて、脳味噌をブンブン回して、たった数秒の間に解答の可能性を絞っていくんですよね。


 しかし、この小説で描かれるシーンはそれを超越しています。なんと、主人公の対戦相手の男はアナウンサーが、問題を読む前にボタンを押してしまうのです。一体どうして? ここまで読んだら最後。あなたは引き込まれて、最後まで一気に読み進んでしまうはずです。それはまるで沼のよう。軽やかな筆致なのに、ストーリー展開はまるで論理学者が語るようにロジカルで、そして深いのです。これはまるで思考のサウナ。正解を目指し、神経を研ぎ澄まし、高速計算であらゆる可能性の中から、正解に短時間でたどり着く。そんなクイズ王の脳味噌の動きが、テンポのいいテキストで頭の中に流れ込んできます。おもわず自分の脳味噌もととのいますよ!


 超アクロバットにクイズの正解を出すことは、はたして偶然なのか、あるいは必然なのか? その、永遠に交わらない二つの概念の間に、クイズプレイヤーの美学と人間ドラマが垣間見れます。これは快作!


BOOK

『君のクイズ』
小川 哲著
朝日新聞出版 ¥1,540

満洲国を舞台にした直木賞受賞作『地図と拳』で注目を浴びる作家、小川哲の新作の舞台はまったく方向性の異なるクイズプレイヤーの生きる世界。なぜ主人公の対戦相手はクイズ番組「Q-1グランプリ」の決勝戦で問題を聞かずにクイズに答えることができたのか? 軽やかかつ左脳的な文章で推理が進む。それは沼のように読者を惹きつける。まったく新しいミステリ。


嶋 浩一郎

1968年生まれ。博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO、編集者。本屋B&Bの運営にもかかわる。著書に『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。


Photo:Kenta Sato

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