2023.06.11

『BEEF/ビーフ〜逆上〜』|アジア系同士が激突する過激なブラックコメディ【今からでも間に合うネットドラマ|宇都宮秀幸】

動画配信サービスでドラマを楽しむ人が増えている。ハマってしまい、朝まで観てしまうという人も…。そんな魅力あふれる作品の中からおすすめの1本を紹介する連載。今回は、おのおのが不満を抱えたアジア系男女が泥沼の争いを演じるブラックコメディ『BEEF/ビーフ〜逆上〜』。

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アジア系同士が激突する 過激なブラックコメディ

 タイトルの「BEEF/ビーフ〜」とは、文字どおりの「牛肉」以外に「不満」や「文句」を意味するスラングでもある。物語は、まさにおのおのが不満を抱えた男女の不幸な出会いから始まる。建設業者のダニーと実業家のエイミーは、駐車場でのささいなトラブルから、互いに危険な煽り運転をけしかける追跡劇を演じてしまう。やがて事態は当人同士も想像もしなかった対立へと過激化していく…。


 まず、このドラマを無理にひと言で説明するならオフビートなブラックコメディとでも言えばいいだろうか。実際、時折登場する黒い笑いに幾度もクスッとさせられるのは確かだが、現代人なら誰にとっても切実なテーマがちりばめられていて、本質はいたってシリアスである。


 アメリカのドラマとしては珍しく、主要人物のほとんどはアジア系人種。だが韓国系のダニーが会社経営に失敗し経済的に追い詰められている一方で、中国系のエイミーは観葉植物を扱うビジネスが成功し裕福な暮らしを送っている。同じアジア系でありながら歴然とした貧富の差があり、これは二人の対立の背景ともなる。ダニーとエイミーはおのおのの生活に入り込み嫌がらせ合戦を展開していくが、怒りの源は実は相手ではなく自分自身の内面のフラストレーションにあるのが面白い。ダニーは己の理想の姿と現実の悲惨さのギャップに自殺を考えるほどだし、一見幸福なエイミーも夫や娘、両親との関係を含めた心の空洞に苦しんでいる。互いを攻撃しているようでいながら激怒の矛先は常に自分に向いている。


 登場人物自身が本当は何を望んでいるのかがわかっていないから、物語の行方も当然まったく予測できない。だが夢中で観ていくうちに、これはある種の「セラピー」の話なのだと気がついた。エスカレートしていく中傷や暴力を通じて、ダニーとエイミーは本音を吐露し合い、心の傷をさらけ出すことでボロボロになりながらも安らぎに似た何かを発見していくのだ。アジア系の監督や俳優が旋風を巻き起こした今年のアカデミー賞同様に、今作は大注目を集めること間違いなしの革新的なオススメ作である。


『BEEF/ビーフ〜逆上〜』
監督/イ・サンジンほか 出演/スティーヴン・ユァン、アリ・ウォン、ジョセフ・リー、デヴィッド・チョー

『ミッドサマー』の映画会社A24が贈るブラックコメディ・ドラマ。LAに住むアジア系男女が泥沼の争いを演じる。主演は「ウォーキング・デッド」『ミナリ』のスティーヴン・ユァン。Netflix「BEEF/ビーフ〜逆上〜」全10話配信中。



宇都宮秀幸
編集者・ライター。ネット配信作品のレビューサイト「ShortCuts」などで海外ドラマの紹介記事を執筆中。TBSラジオ「アフター6 ジャンクション」出演。



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