「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する連載の第6回目。今回は、ヒップホップ界の神木隆之介!? ラッパーのステロタイプとは真逆のルーツをもつ異端の覇王、ドレイクについて。
今回のアーティスト&作品
『Honestly, Nevermind』
DRAKE
UNIVERSAL MUSIC
ラッパー=アメリカ大都市の貧困エリアから這い上がったアフリカ系。
こうしたステロタイプを、ヒップホップ・マニアですら抱きがちだ。確かに多くのラッパーがそうした背景をもってはいるけど、例外だって存在する。その最たる人物がドレイクだ。彼は父親こそアフリカ系アメリカ人だが、母親はユダヤ系白人。幼い頃に両親が離婚したため、母親の実家があるカナダのトロントで大きくなった。信仰している宗教も、キリスト教や都市部のアフリカ系に信者が多いブラック・モスレムではなく、ユダヤ教である。
彼のヒット曲に「Started from the Bottom(ドン底から始めた)」なんてナンバーもあるけど、噓っぱちだ。というのも、彼はもともと子役俳優で、15歳のときに出演したカナダの学園ドラマ「Degrassi: The Next Generation」で人気が爆発。以降7シーズンにもわたってメインキャストを演じていた子役スターだったのだから。ラッパーとしてデビューしたのは、学園モノでさんざん名前を売った後のこと。日本で言うなら、神木隆之介がラッパーとしてデビューしたようなものである。つまりドレイクのバックグラウンドは、普通なら「ストリートじゃない」とディスられる要素ばかりで構成されているのだ。
しかし2010年のデビュー以来、最も多くの曲をチャートインさせたラッパーは彼である。成功の秘密は、トレンドの一歩先を行く先鋭的なビート選びを行いながら、いかなるときもラップと歌の中間のようなヴォーカルがリラックスしまくっているところ。ドレイクの声は、アフリカ系の若者が最もイケていると感じる「クールな感覚」に満ちあふれているのだ。
そんな彼の最新アルバム『Honestly, Nevermind』はハウス・ミュージックを大々的に導入したほぼ歌モノ。それでも「こんなのヒップホップじゃない」とは言われない。クールだから。異端にして覇王、それがドレイクなのだ。
長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。