世界でヒットしている曲を内容まで理解して聴いてみるのはどうだろう? 今回は、心の奥まで届くSam Smithの新曲「Love Me More」を取り上げる。
自尊心は自分で手に入れるもの
誰しも心というのは複雑に入り組んだつくりをしているもので、それはご多分に漏れず私もそうだと思うのだけれど、その複雑な心の隙間を縫って、するすると奥まで届いて、自然と涙が込み上がってくる、そんな曲に出会うことが時々ある。Sam Smithの新曲「Love Me More」がそれだった。
歌いだしから印象的で、切ないメロデイにのせて歌われる「他の誰かになりたいと感じたことはないか 鏡は健康によくないと思ったことはないか 自分を嫌いにならないように毎日努力してる でもこの頃は前みたいに痛くなくなった 多分もっと自分を愛する方法を勉強しているんだ」という歌詞が、その美しい歌声と相まって胸を締めつける。ひと昔前まではあまり耳にすることのなかった多様性、いわゆるダイバーシティという価値観は、今では歌の世界でも最も大きく扱われるテーマの一つになった。私の感覚では、映画『グレイテスト・ショーマン』の世界的な大ヒット以降、その流れは一層加速したように思う。あの映画の中で歌われた「This Is Me」もまた、心の奥まで届くシンプルで力強い言葉とメロディをもった曲だった。
Samの歌に戻る。「かつては燃えていたんだ すべての侮辱に すべての言葉に でも勉強になった 自尊心は自分で手に入れるもの だから私は毎晩トライした 悲しみとともに座って そして最後は私を自由にしてくれた」と続いた後、冒頭のコーラスが繰り返され、「少しでいい もっと自分を愛して」という優しい声でワンコーラスが終わる。ゴスペルのような気高い雰囲気の中で歌われる誠実な言葉たち。
コロナ禍で世の中は大きく変わり、新しい環境で生活を始めている人もたくさんいると思う。慣れない環境はうまくいかないことも多いもの。誰かに相談できればいいけれど、まだ親しくなりきれていない他人にはしづらく、だからといって家族や親しい人にはいい報告だけをしていたい。そんなとき、音楽は少しのヒントをくれることがある。彼の美しい歌声には、疲れた心を癒やして、もう一度立ち上がる力をくれる魔法が宿っている。
いしわたり淳治
作詞家、音楽プロデューサー。1997年、バンド「スーパーカー」のギタリストとしてデビューし、すべてのギターと作詞を担当。現在までに700曲以上の楽曲を手がけている。