現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、定番の展開に新しさが加わった鮮烈な家族劇『三姉妹』だ。
SELECTED MOVIE
『三姉妹』
監督・脚本/イ・スンウォン
出演/ムン・ソリ、キム・ソニョン、チャン・ユンジュ
6月17日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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定番の展開に新たな意外性を加えた 韓流ならではのハイクオリティ家族劇
韓国ドラマを血まなこで追いかけている時期がありました。BTSブーム以前に、Kカルチャー全般にめちゃくちゃハマっていました。
10年ほどの熱狂の後なんとなく卒業。久々韓国らしさのある映画を観たのが、セウォル号事故で息子を失った夫婦の喪失感を描いた『君の誕生日』。あの号泣演技もすごかったですね。
この『三姉妹』もかなりの韓流ハイクオリティ。父親のDVが心の傷となり、泥沼にはまった人たちがなんらかのかたちで愛を取り戻す。この展開は韓国ドラマの定番。女優さんはクールな芝居をせず全員熱演。危うい記憶と回想による大団円の交錯も、もはや定番中の定番です。
西部劇や日本のトレンディドラマのように定番の展開が繰り広げられる。一度卒業している者からすれば相変わらずの世界観ですが、マンネリとは思いません。むしろこうした定番はいまも生き生きと使えるのだなという発見があります。すごくリアリティがある。
エンターテインメントの根本は定番の展開にあるわけですから、大きく変える必要はありません。しかしこの映画には意外性もあります。例えば、流血や暴力の連鎖の描き方。そして第四の人物の登場。これはびっくりするアイデア。基本的には三姉妹の物語。そこに驚きのオプションが追加されることによって、作品の整合性がとれている。定番に新しさが加わった。最終的には気持ちが軽くなるし、無駄なシーンがまったくありません。
唯一の弱点は、病んだ長女、厳格すぎる次女に対して奔放な三女の劇作家という設定が生かしきれていないこと。長女と次女がとてもよく描かれているのに、三女がとんでもないキャラから善い人になる過程に段差がある。振る舞いが魅力的なので不満はないですが、チェーホフの劇作のようによくできているだけに少し残念。
日本の女優さんがかわいそうだなと感じるのは、崩落するくらい泣く機会がほとんど与えられないこと。皆さん上手だと思いますが、泣くのは大抵恋愛絡みで、この映画のように背景に厚みがある人間ドラマではない。思いっきり涙を流す必然性がないんですね。
『三姉妹』を観ていると、日本にも、もっと演じる人たちがノリにノって演じられる場があるといいのにな、と思わされます。(談)
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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