現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、スパークスが音楽のみならず原案・脚本まで手がけるミュージカル『アネット』だ。
SELECTED MOVIE
『アネット』
監督/レオス・カラックス
出演/アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール
4月1日より全国公開
© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / EUROSPACE / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
『ラ・ラ・ランド』『ボヘミアン・ラプソディ』 の流れをくんだ作品だが
なんの情報もないまま観たら、いきなり大好きなスパークスが出てきて、すごくびっくり。
2007年の来日公演では、SPANK HAPPYとして僕はフロントアクトもしています。ロンとラッセルのメイル兄弟。日本では無名ですが、ヨーロッパでは「知的なクイーン」的なオペラみたいな展開ができるロックバンドとして知られています。しゃれてて、ちょっと斜に構えていて、シンプルなロックにはない魅力がある。
劇中で流れる曲はすべて詞も曲もスパークスの世界そのもので、一瞬多作な彼らの既発表曲だけで構成されていると思ったほど。まさか音楽のみならず原案・脚本まで手がけているとは。「あのレオス・カラックス9年ぶりの新作!」と告知されるのは当然ですが個人的には「あのスパークスが!」と舞い上がりました。
しかし内容は古くさい。『ロッキー・ホラー・ショー』や『ファントム・オブ・パラダイス』のようなロックオペラですが、『イン・ザ・ハイツ』のように現代にコミットする面があるわけでもない。オペラ歌手とスタンダップコメディアン。天才同士が結婚、女性のほうがイケてて男のプライドは失墜し、大海原で悲劇を迎える…かつてあった古典のリメイクのよう。そうだとしても、音楽によってすべてが救済されるような「ここぞ」という一曲がない。考えてみれば、世界中の好事家に愛されるスパークスには、誰もが知るヒット曲はない。これはファンだからあえて言うのですが、スパークスは長編映画一本の優れた物語を支えるだけの世界観を持ち合わせていなかった。
そして、こちらのデリカシーを傷つけるような、かつてのレオス・カラックス調のキツさもない。アダム・ドライバーは熱演ですが、どの作品でもこのレベルの仕事はしている。またオペラ歌手がヒロインである以上、マリオン・コティヤールはベルカント唱法に徹してほしかった。『ボヘミアン・ラプソディ』以降のロックオペラの流れ、『ラ・ラ・ランド』以降の俳優本人が歌うヘタウマの流れ双方をくんでいるため、なんとも中途半端な仕上がり。
特筆すべきはプロローグとエピローグ。スパークスらしいシアトリカルなひねくれ美が輝いていますが、ミュージカルである以上、劇中のナンバーで炸裂させてほしかったです。(談)
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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