現在公開中の映画を読み解く連載「売れている映画は面白いのか?」。今回取り上げるのは、ドキュメンタリー作品『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』だ。
SELECTED MOVIE
『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』
監督/アントワーヌ・ヴィトキーヌ
編集/イヴァン・ドゥムランドル、タニア・ゴールデンバーグ
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
©2021 Zadig Productions © Zadig Productions – FTV
夢のようなラストに向かって緻密に進む 痛快この上ない破格のドキュメンタリー
レオナルド・ダ・ヴィンチ最後の絵画とされる『サルバトール・ムンディ』。この幻の一作をNYの美術商が発見し、わずか1175ドルで入手。修復作業を進め、研究者たちを集め、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで鑑定を行い、本物とのお墨付きをもらい展示するも…その後、二転三転した末クリスティーズのオークションにて史上最高額4億5000万ドル(約510億円)で誰かに落札される。なぜか日本ではほとんど報道されず、知る人もあまりいない事実を映画化した、とにかく痛快な作品です。
悲惨さを描きがちなドキュメンタリーとしては異例で、ほとんど『ゴルゴ13』や『ルパン三世』の世界。お宝がどうなるのか?という意味でもエンタメ性が高い。真作か贋作か真偽の定かではないものに対して、いろいろな人がいろいろな立場からいろいろなことを言う。それだけのことが話が入り組んでいると、これだけ面白い。まさかの後日談も含め作劇のように完璧。夢のようなオチに向かって緻密に映画が転がっていく。
国際情勢から宗教画に至るまで壮大かつ多様で適度に教養も身につく情報を詰め込みながら、作り手自身も過程をゲームのように楽しんでいる。話が難しいということもないし、ついていけない点は皆無。観る人によってはドキュメンタリー風のフィクションだと思うかもしれない。だとしても相当に面白い。
関係者ほぼ全員、顔出ししていることは大きい。この点が映画を重くしていない。作品の価値についていまだ解答が出ていない出来事で、誰がいい悪いということではない。時に大らかで時に軽い、そんなタイプの顔ぶれも気持ちを楽にしてくれる。何かをあざ笑ったり、悪を定義したりということもない。
ダ・ヴィンチ本人が描いたものか、それとも彼が率いる工房の制作によるものかで大きく価値が変わる世界。真作だと信じている人も、そうでない人も全員が鷹揚。『ダ・ヴィンチ・コード』などの陰謀論の類いもない。暗く重いドキュメンタリーが多い中、哀愁すらない痛快さは、たくさんの人におすすめできる。これを観て嫌な気持ちになる人は一人もいないはず。結局、人間は古代から延々続く「モノの価値」に振り回されて右往左往しているだけ。極悪人も被害者も出ないこの映画は、とにかく健やかです。
菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
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