まだ知らない体験や世界を読書は教えてくれる。嶋浩一郎さんの薦める今月の一冊は?
あたりまえは あたりまえじゃなかった
夜になったら眠って朝になったら起きる。誰もがあたりまえだと思っている睡眠の習慣。でも、産業革命前のヨーロッパでは、夜9時くらいに眠りについて、夜中の1時くらいに目を覚まし会話やお茶を楽しんで再びベッドに戻る「分割睡眠」という習慣があったという。そんなことまったく知らなかった! セルバンテスが当時執筆した『ドン・キホーテ』にも「第一睡眠」「第二睡眠」という当時の習慣がしっかり記されているそうだ。
科学者のアイニッサ・ラミレズはこれらの眠りの習慣についての変化は、正確に時間を測る時計の発明によって引き起こされたと分析している。みんなが正確な時間を知ることができるようになったので、始業時間が設定されて朝起きなきゃいけなくなったから。
同じように人々がクリスマスにプレゼントを贈り合うようになったのは1880年からだったという事実を「ニューヨーク・タイムズ」の記事から突きとめるのだが、その習慣が定着したのは、鋼鉄製レールによってアメリカ各地を結ぶ鉄道網が建設されたからと分析。
この本を読むとわかることは、今みんながあたりまえのようにしている行動は、ちょっと前まであたりまえじゃなかったということ。広告マーケティングを仕事にしている自分にとって、ナイトプールからズーム合コンまで新しい習慣が世の中に定着するメカニズムは関心の的。人に話したくなるエピソードも満載で一気に読み切ってしまった。
気づかされたことは、今の時点でみんながあたりまえだと思っている行動も、何か小さなきっかけでいつでもガラリと変わる可能性を秘めているということ。読者の中にも多いだろう企画部門やスタートアップで働く人にはすごくヒントになるんじゃないかと思う。
同時に、著者は新しい習慣の負の側面も描いている。例えば、夜目覚めてなかなか寝つけないのは分割睡眠時代の人間の性質。だけど今はそれを睡眠障害と呼ぶ。古い習慣にはそれが存在した理由がある。そんな視点ももちたいと感じた。
『発明は改造する、人類を。』
アイニッサ・ラミレズ著
安部恵子訳 柏書房 ¥3,080
新しい人々の行動や習慣がテクノロジーによってどう生まれたのか、歴史の中で忘れられた発明家たちの貢献も掘り起こしてそのメカニズムを解き明かしてくれる一冊。人々のあたりまえは意外な発明から生まれた驚きのエピソードが満載。テクノロジーは便利な発明にもなるが、時に負の影響も与える。はたしてインターネットはわれわれを賢くしているのか? そんな疑問も読後に頭に浮かんできた。