2021.04.02
最終更新日:2024.06.17

コロナ禍で会うことが難しくなったカップル必見!【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座#43】

なかなか会えない、物理的に遠い…。“距離”によってマイナスに作用してしまう恋愛のリアルな描写に「どう行動し、何を決断するか」の重要性を見る。ふたりは今作をどう読み解く?

『遠距離恋愛 彼女の決断』

--前回同様、ラブコメの女王ドリュー・バリモア主演作『遠距離恋愛 彼女の決断』(2010年)です。いかがでした?

ジェーン・スー(以下、スー):コロナ禍で遠距離恋愛の相談が増えたこともあり、これを選びました。個人的にはかなりグッとくる名作! とにかく脚本が私の好みで、空々しい説明セリフや説教セリフがゼロ。こういうのをもっと観たいのに、そのあと監督も脚本家もラブコメ映画に携わっていないのが残念過ぎる…。

高橋芳朗(以下、高橋):ドリュー・バリモアは若い才能や埋もれた逸材をフックアップすることで知られているから、もしかしたらこれもそういう成り立ちの作品なのかもしれないね。では、まずはあらすじから。「ニューヨークで暮らす大手レコード会社A&Rのギャレット(ジャスティン・ロング)はガールフレンドと別れたばかり。そんなとき、ひょんなことからバーで知り合ったジャーナリスト志望のエリン(ドリュー・バリモア)と意気投合。お互い軽い気持ちで一夜を共にする。6週間後、エリンは新聞社でのインターン生活を終えて自宅のあるサンフランシスコに戻ることになるが、このあいだにふたりの関係は真剣な交際へと発展。アメリカ西海岸と東海岸との“遠距離恋愛”を始めることになるが…」というお話。

スー:ギャレットもエリンも、服装や言動のすべてが「今どきのアラサー」として的確に描かれていて、キャラクターにリアリティがあった。10年前の作品だけど、倫理的にギョッとする描写もほとんどなかったし、「正しい」ことを優先して話の筋が疎かになることもなかった。これはいいことなのか微妙だけど、日本に暮らしている身としては2021年に観てすべてがちょうどいい感じ。長距離恋愛の設定とはいえ、普遍的な男女の恋愛の話なんだよね。キャリアと恋というテーマでもあるしさ。

高橋:見事なダブルミーニングの原題『Going the Distance』(距離を置く/やり遂げる)に対しての大ネタ感あふれる邦題に構えてしまう人もいるかもしれないけど、恋愛ドラマとしてすごく丁寧につくられていると思う。監督を務めるナネット・バーンスタインは『くたばれ!ハリウッド』(2002年)や『アメリカン・ティーン』(2008年)を撮ったドキュメンタリー畑の人なんだけど、そんな彼女の持ち味も活かされているんじゃないかな。

コロナ禍で会うことが難しくなったカップルの画像_1

スー:恋愛ネタに関してはオープニングから芯食ってて最高なのよ。ギャレットが当時付き合っていた彼女と、誕生日プレゼントの件でモメるじゃない? そこで放たれる彼女のセリフ「それ(プレゼント)だけじゃない。不満だらけよ(コンビネーション・オブ・ア・ロット・オブ・シングス)!」。恋愛ってまさにそれ。溜まりに溜まった小さな不満が最後の一滴で爆発する。この一件に関しては、彼女にも悪いところが明確にあるけれど。

高橋:歯ブラシを置く場所が気に食わない、みたいな些細な理由から喧嘩になって結果的に別れてしまうようなことって往々にしてあると思うんだけど、別に歯ブラシが原因ではなくて理由は他にあるんだよね(苦笑)。それはともかく、音楽業界で働くギャレットにはシンパシーを感じる部分も多い一方、随所でのボンクラ然とした振る舞いにやきもきすることも多々あって。たとえばエリンとのニューヨーク最後の夜の彼のレストランのチョイスってどう思った?

スー:あれは意図的にそう演出したのかな? 私はあまり気にならなかったけど。どんなレストランだろうが、何があっても一緒に笑えることがすべてだと思うよ。あのふたりはそれができていたから、観ていてすごく幸せな気分になりました。レストランのシーンなんてもう最高!!

高橋:ギャレットに自分の過去の反省を投影しすぎているのだろうか…まあ、そのぐらいリアルな描写が多い映画ということなのかもしれない(笑)。10年前の公開当時にはあまり意識していなかったんだけど、今回ひさしぶりに観てギャレットの成長譚でもあることがよくわかったよ。

スー:まさにその通りだね。ギャレットは「どんな相手にも真剣になれない男」として描かれていたけれど、エリンと出会って時間をかけて自分を見直し、最終的には自分の選択で判断して行動を起こした。何が大切かちゃんとわかる男になったのは、成長以外の何物でもないでしょう。

高橋:ギャレットをめぐるホモソーシャルな環境が彼の成長をわかりやすく見せているところもあるんじゃないかな。それは悪ふざけも含めた同居人のダン(チャーリー・デイ)の言動に対する彼の反応の変化を追っていけばよくわかると思う。ダンに関してはギャレットとエリンがよろしくやってるときに隣の部屋から「Take My Breathe Away」(ベルリンによる映画『トップガン』の挿入歌)を大音量で流して冷やかしたりとか、とにかくタチが悪い(笑)。

スー:そうそう。あの友達の空気をまったく読めないムーブ、私は好きだけどね(笑)。ひどいことばかりだけど、私もエリンと同じように絶対にウケちゃうだろうな。エリンは「(ひどいけど)おもしろい」に価値を置いていて、そこが共感できました。 

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高橋:ただ、エリンもギャレットに「女の子を部屋に連れてくるたびにこんなDJごっこをしているの?」って呆れ気味に言っていたでしょ。ちょっと状況はちがうけど、エリカ・バドゥが「Tyrone」で標的にしていたような恋人と過ごす時間を疎かにして友達との関係を優先させるダメ男と重なってしまったところはある。

スー:なるほどね。いま世論は「ホモソは悪!」になってるけど、ホモソーシャルの何が悪いのか、ちゃんと語られていないとも思うのよ。ホモソーシャルな関係のどの部分が誰を傷つけるのか、何か無神経なのか。誰かを傷つけることで、ホモソーシャルな関係性で誰がどういう得をするのか。なぜそういった関係性が選択されがちなのか。

高橋:うーん、「ホモソは悪!」な風潮のなかでちょっと過敏になっているところはあるかもしれない。

スー:うん。俎上にあげるなら、なにが悪いのかをちゃんと精査してほしいってこと。この作品で繰り広げられる男同士のつるみなら、特に誰も傷つけないんじゃないかなと私は思った。たとえばギャレットは、バーのゲームで高得点を叩き出している「ERL」という人のことをずっと男性だと思ってたじゃない? あるあるだよね、「ゲームが得意なのは男」って思い込み。で、それが女(エリン)だとわかる。でも、ギャレットの「ERL」に対する敬意は変わらない。「女なのにすごいね!」って態度でも、「女なら口説いちゃおう!」ってスタンスでもない。「どうせ彼氏の影響だろ」とかもない。思い込みは誰にでもあるものだから、問われるのはそのあとの態度だよね。その点、ギャレットは非常にフラットでした。

高橋:そこからギャレットとエリンでタッグを組んでバーのクイズ大会に参加する流れもスマートだった。「ローリング・ストーンズの名前の由来は?」という問題にふたり同時で「マディ・ウォーターズ!」と即答するくだりで互いの相性の良さを確信させるのも最高。ローリング・ストーンズの名前がマディ・ウォーターズの「Rollin’ Stone」からきているのはレコード会社で働くギャレットにとっては常識かもしれないけど、誰もが知っているようなトリビアというわけでもないからさ。

スー:そうなのね! あそこはふたりの距離がグッと縮まる良い場面。屋外のカフェで好きなものを言い合うシーンも素敵。

高橋:いいよね! ギャレットが心の名盤としてビースティ・ボーイズの『Licenced to Ill』を挙げたらエリンが「まちがいない!」って賛同したりして。

スー:どんどんお互いに惹かれていく様が、親友ができるようなトーンで描かれているのよ。「男らしい」や「女らしい」じゃない部分でね。ドリューが描きたかったのは、男性の庇護が必要とされる弱々しい女性や、多くの男を魅了するセクシーな魅力の持ち主じゃなくて、まるで親友みたいに際どいジョークも楽しめる女の子が普通の男の子と恋に落ちることだったんじゃないかな。ユーモアのセンスがちょうど合うふたりが離れがたいという描写もいい!

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高橋:そんなエリンも当初はギャレットに対してまったく興味を示していなかったんだよね。最初に夜を過ごしたときは彼にバレないようにこっそり部屋を抜け出そうとしていたぐらいだし、そのあともギャレットの電話番号を携帯に登録していなかった。もちろん、それはすぐにサンフランシスコに戻ることが決まっていたからなんだろうけど。

スー:傷つきたくなかったんだろうね。でも、ふたりの真剣な恋は始まってしまう。相手の気持ちが掴めず不安になる描写はうまく描けていたね。自分が思っているほど相手が自分を思ってくれているか自信がなくて、どちらも積極的なことを言えないっていう描写の連続。

高橋:そう、どちらも煮え切らない態度をとることが多くなっていくんだよね。そんななか、「“一応”僕の彼女」みたいな軽率な一言がじわじわと亀裂を広げていく描写がめちゃくちゃリアルだった。ちなみにこの当時、主演のふたりは実際に付き合っていたんだよね。それを踏まえて見るとテレフォンセックスのシーンはなかなかにスリリング(笑)。

スー:リアリティありすぎる(笑)。ところで、ラブコメあるあるに「もしかしたら、こっちと恋に落ちるのかも?」とミスリードさせるような人物を主人公のそばに配置するってのがあるじゃない? 今作でもギャレットとエリンのそばには「もしかして…」な男女がいる。この作品の素晴らしい点は、この人たちがものすごく善良な人物として描かれているところ。トラブルを巻き起こしたり、さや当てに使われたりもしない。製作陣の配慮を感じたわ。「主人公の物語を動かすためだけの誰か」がいないところに。

高橋:気になる存在としてエリンにはバーテンダーのデイモン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)が、ギャレットには同僚のブライアンナ(ケリ・ガーナー)がいるんだけど、ふたりともそれぞれへの接し方がすごく誠実なんだよね。それにしても、デイモンの好青年ぶりに煽られて仲間内でしか通用しないような場違いな下ネタをかまして盛大にスベったギャレットの振る舞いは痛々しくも身につまされた(苦笑)。そのギャレットとブライアンナの関係をミスリードさせる終盤の展開もこちらの心情を見透かされているようで見事だったな。

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スー:最後になんでああなったかは置いておいて(笑)、ユーモアセンスのある気持ちのいい人たちだったよね。この作品に出てくる登場人物は、みんなほどほどに理性的なんだよね。きわどいユーモアが言えるってことは知的で理性的。だからこそ、愛情を盾にして現実に突っ込んでいくことができない。感情を優先できないのよね。

ーーちなみにおふたりは遠距離恋愛の経験はありますか?

高橋:ありますよ。もう何十年も前、相手はアメリカ在住でした。最終的には高額な国際電話代の前に屈することになるんですけど、インターネットがあったらまたちょっとちがった展開があったかもしれないですね。

スー:私もありますよ。相手はアメリカに住んでいて、サプライズでいきなり会いに行って案の定トラブルになりました…。

高橋:フフフフフ、ギャレットと同じことをやって痛い目にあったんだ。個人的には「ニューヨークの新聞社で働くことができるかも!?」というエリンの淡い期待があっさり崩れ去って「離れてることが諸悪の根源なのよ!」とブチ切れるシーンに遠距離恋愛のフラストレーションを思い出しました(苦笑)。距離が離れているぶん、一度亀裂が入るとリカバリーするのが本当にむずかしい。ちょっと油断しているあいだに携帯電話に着信7件、みたいな描写もリアルだったな。ああいうのがじわじわとストレスになっていくんだよ。

スー:遠距離に疲れたふたりが「どう行動し、何を決断するか」からがこの作品の本番よね。エリンの姉コリーン(クリスティナ・アップルゲイト)は、キャリアを諦めてギャレットのもとに行く決断をした妹が心配で仕方がない。元カレとそれで失敗しているからね。でも、エリンがまた自分を犠牲にすると決めたことに嫌味を言うわけでもなく、責めるでもなく、妹の決断を尊重し、でも相手に釘を刺す。「妹は犠牲を払った。だから傷つけないで」ってギャレットにね。

高橋:コリーンのシーンはそれほど多いわけではないんだけど、彼女のエリンに対する優しい眼差しが物語に奥行きをもたらしているのはまちがいないね。コリーンがギャレットと交わすぎこちないハグ、それからラストシーンのふたりに対するちょっとした気遣いも細かいながら印象的だったな。

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スー:その前の場面も最高なのよ。ギャレットがエリンに電話で言うじゃない?「就職先に返事をする期限があるだろ? 決断を押し付けて悪かったよ。僕も一緒に考えたい。とはいえ、僕の正直な気持ちは、ニューヨークに来て欲しいし、来るだけじゃなく一緒に暮らしたい。好みの部屋を借りて飾り付けしよう。トム・クルーズのポスターやシーツにトイレの紙も。一日中、サンシャイン・ハーバーを飲もう。僕は真剣だ。君は恋人だし、親友でもある。何より君がいないことに疲れたよ。でも、君には負担だろうから、他の可能性も考えてみる。とにかく会いに行って話し合いたい」。この言葉に動かされて、エリンはまた自己犠牲を払おうとする。でも、姉の言葉を聞いて、ギャレットはエリンの決断を差し戻す。「いつか僕を恨むようになる」って。あそこは冷静で良かった。その通りだもの。

高橋:どんな相手にも真剣になれないギャレットは高校のとき以来失恋で泣いたことがない、というバックストーリーが映画の序盤で語られるんだけど、その伏線がまさかこのシーンで意味を成すとはね。

スー:強いて気になる部分をあげるとしたら、「結婚は男の墓場」的なステレオタイプ描写かなあ。そろそろ中年男性が「結婚、悪くないよー」と言ってもいい頃じゃないかしら。

高橋:コリーンの夫とその友人の男ね。一方のギャレットの悪友コンビ、ボックスとダンはどう映った?

スー:ギャレットの男友達はガツガツしてないし、嫉妬深くもないし、適度にリラックスしていて好感を持ちました。たとえばボックス(ジェイソン・サダイキス)のセリフ。彼は年上の女性が好きなんだけど、それについてのセリフも皮肉が利いてるんだよね。「若作りして年下をあさる哀れな女ではなく、俺が好むのは第二の青春を求めている魅力的な女性」って。当時はクーガー(年下の草食系男子を追いかける30〜40代の肉食系女性)ブームだったからね。好まれるのはクーガーばかりではないという視点の提供は、一石を投じたんじゃないかな。

高橋:ボックスが披露した「ヒゲはタイムマシン理論」ね。あれは思わず聞き入ってしまったな(笑)。

スー:友人ダンの「俺たちはこっちでやるからさ」というセリフにもグッときた。あそこで大切な同居人を手放せる男友達を描いているのは、とてもエポック。仮装は不謹慎極まりなかったけど。

高橋:そのボックスとダン、それからさっきも触れたデイモンとブライアンナ、そしてエリンの姉コリーン。こうして振り返ってみると、主人公ふたりを取り巻くキャストがストーリーに良いアクセントを生み出していることがよくわかるよね。繰り返しになるけど、それもこれもやっぱり脚本がしっかりしてるんだろうな。

スー:とにかくこの脚本家にもう一度ラブコメ作品を書いてほしくてたまらないです! それくらい好き!

『遠距離恋愛 彼女の決断』

監督:ナネット・バースタイン 
脚本:ジェフ・ラ・チューリップ 
出演:ドリュー・バリモア、ジャスティン・ロング、チャーリー・デイ、ジェイソン・サダイキス 
公開:2010年10月23日(日本) 
製作:アメリカ 

Photos:AFLO

PROFILE

コラムニスト・ラジオパーソナリティ
ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

音楽ジャーナリスト・ラジオパーソナリティ・選曲家
高橋芳朗

東京都港区出身。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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