これまで映画の中でファミリーカーはどのように描かれてきたのだろうか。クルマ好きとしても知られる映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんが、アメリカから日本まで、ファミリーカーの存在が印象的な名作を語り尽くす。
「幸せな家庭」や「強い父親」の象徴として描かれてきたクルマ
2023年に公開されたスティーブン・スピルバーグの自伝的作品『フェイブルマンズ』では、1950年代〜’60年代を舞台に、映画に熱中する少年とその両親が描かれます。お父さんは優秀なエンジニアで、比較的裕福な家庭。彼らが乗るクルマにはアメリカンドリーム的な変遷が垣間見えて、冒頭で登場するPlymouth Belvedere(1955)から、Chrysler New Yorker Town & Country(1955)、Ford Country Squire(1963)、Chevrolet Bel Air(1963)までさまざまな車種が入れ替わり描かれていくのが面白い。物語の中では両親の不和が徐々に浮き彫りになっていくわけですが、この映画においてファミリーカーは「家族の幸せの象徴」として存在しているんです。
1『フェイブルマンズ』
Plymouth Belvedere (1955)
初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になったサミー・フェイブルマン少年。8ミリカメラを手に家族の休暇を記録し、妹や友人が出演する作品を製作するように。発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント Blu-ray¥2,075[1月12日発売]
©2022 Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
映画とクルマというのはとても密接な関わりがあります。スピルバーグが少年時代に蒸気機関車とクルマが激突する映画を観て一瞬で虜になったことは『フェイブルマンズ』でも描かれている。もともと映画の歴史が幕を開けたのは、リュミエール兄弟によって撮られた駅のプラットフォームに蒸気機関車が入ってくる映像だったわけで、「内燃機関をもった乗り物をどう映像でとらえるか」が映画を撮るという行為の大きな欲求を占めていました。画面内をダイナミックに横移動するクルマのアクションが映画の進化を促してきたんです。特に、「映画」と「クルマ」の発展についてはアメリカが先導してきた面が強い。だからここでも、アメリカ映画を中心に紹介したいと思います。
と言いつつ2本目はメキシコ人監督の作品になりますが、『ROMA/ローマ』もまた、名匠アルフォンソ・キュアロンが自らの子ども時代をテーマに撮った映画です。1970年を舞台に、医者の父親を有する家族とその家に雇われた家政婦の日常が描かれます。登場するクルマは、Ford Galaxie 500(1970)。
’70年代のアメ車のフルサイズセダンなのでかなり大きいのですが、当時は「強い父親の威厳」がクルマに詰まっていたわけです。父親が仕事から帰ってきて狭い車庫に駐車する場面がとても象徴的です。新車を手に入れて盛り上がっているのはお父さんだけで、ある種の父親の見栄であったり、家族との距離の遠さだったりがうかがえるんです。
2『ROMA/ローマ』
Ford Galaxie 500 (1970)
1970年代初頭のメキシコシティを舞台に、医者である夫アントニオと妻ソフィア、彼らの4人の子どもたちと祖母が暮らす中産階級の家族の激動の一年を家政婦として働く若い女性クレオの視点で描く。アルフォンソ・キュアロンが少年期の体験を投影したヒューマンドラマ。Netflixにて独占配信中。
時代は飛んで、現代ではファミリーカーの 役割がセダンやワゴンからSUVに移行しています。中でも近年のアメリカの映画やドラマで登場頻度が高いのがスウェーデンのボルボ。『ゴーン・ガール』ではVolvo XC90(2013)というボルボのラインナップでいちばん上のSUVが登場する。主人公たち夫婦のもとには子どもがいないのでこんなに大きなクルマは必要ないはずですが、これから幸せな家庭をつくるんだと意気込む夫・ニックの空回り感がここに表れている。妻が失踪してしまう展開を含め、ニックが結局手に入れることができなかった幸福で平凡な家族のシンボルとしてのボルボが切なく映ります。
3『ゴーン・ガール』
Volvo XC90 (2013)
結婚5周年を迎え幸せな結婚生活を送っていたニックは、妻エイミーの姿が忽然と消えたことに気づく。自宅には争ったような跡と大量の血痕が残されており、警察は他殺と失踪の両面で捜査を開始。事件は思わぬ展開を見せ、衝撃の真実が明らかに。
©AFLO
ボルボはそこそこ高価なので、より庶民的なファミリーカーとしてはスバルの人気もとても高いです。父と息子のロードムービー『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』で、普段は電気屋の店長をしている次男・デイビッドが乗っているのがSubaru Legacy Outback(1997)。2010年代が舞台なので結構古い年式のスバルですね。アメリカ人男性にとってクルマは馬に代わる男性性の象徴。裕福じゃなくても排気量の大きいマッスルカーやピックアップトラックに乗っている人が多く、スバルは冴えない男の人物説明としても機能してしまう。そんなスバルで1200キロの道のりを走ってきたことを親戚に揶揄される場面も印象的です。ただ、僕はこの作品で惹かれたのがきっかけで、当時スバルのクルマを買いました(笑)。
4『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
Subaru Legacy Outback (1997)
「あなたに100万ドルをお支払いします」という誰が見てもインチキな手紙を真に受けたウディはネブラスカまで賞金を取りに行くと言う。見かねた息子のデイビッドは父親をクルマに乗せ、4州にわたる旅へ出る。発売・販売元:東宝 Blu-ray¥5,170
©2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
現代の日本ではファミリーカー=ミニバンというイメージも強いですが、アメリカではミニバン=「サッカーマムが乗るクルマ」というイメージが定着しています。サッカーマムとは、子どもにサッカーなどの習い事をさせて、その送り迎えに奔走する母親のことを指します。『バッド・ママ』のChrysler Pacifica(2017)がその一例。スライドドアで、人も荷物もたくさん載せることができるミニバンですが、家族で複数台所有が基本のアメリカだと男性はクルマに実用性を求める必要がないんです。『バッド・ママ』は、仕事と家族の世話の大変さにうんざりしたお母さんたちが暴走する物語で、お父さんが趣味で購入したDodge Challenger(1970)をお母さんが内緒で乗り回すシーンも派手に描かれています。
5『バッド・ママ』
Chrysler Pacifica (2017)
家庭では頼りにならない夫の世話と二人の子どもの子育てに追われ、職場ではやる気のない上司や同僚たちのフォローに奔走し、さらにPTAママたちからは嫌みを言われ疲労困憊のエイミー。母親業の大変さについにブチ切れ、自分同様うんざり気味な母親二人と羽目を外すが…。Netflixにて独占配信中。
ここまでは主にアメリカ映画の中で男性性と結びつきながら描かれてきたクルマについて話しました。また違う角度から、クルマ自体が主要人物の一人のように存在感を放っているのが『リトル・ミス・サンシャイン』のVolkswagen Type2(1978)です。家族とクルマの映画と言えばこれ。ミニバスに家族6人で乗って旅をする中で、途中でクラッチが壊れてしまったりもするのですが、どんなにボロくてもみんなで押しがけして走らせようとするのが家族の団結力が見えるかわいらしい描写ですね。
6『リトル・ミス・サンシャイン』
Volkswagen Type2 (1978)
ビューティ・コンテストに出る夢をもつ少女オリーヴが、「リトル・ミス・サンシャイン」というコンテストに繰り上げ出場することが決定。家族はミニバスを借り、会場のあるカリフォルニアを目指すロードムービー。ディズニープラスのスターで配信中。
©2023 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
ヨーロッパに目を向けると、大前提として特に都市部は道が狭いということもあり小型車が好まれる傾向にあります。BMWやメルセデス・ベンツ、アウディなどのイメージも強いと思いますが、そうした高級メーカーのセダンは主に「カンパニーカー」の需要で、会社が役職に応じたクラスのクルマをリースして社員に支給しているんです。より一般的なのは『君の名前で僕を呼んで』に登場するFiat 128(1976)のような小型のセダンやハッチバックです。映画の冒頭、アーミー・ハマーが演じるオリヴァーが乗るFiat 127(1972)と一緒に2台が横並びになるところは、近年屈指の名カーシーンですね。
7『君の名前で僕を呼んで』
Fiat 128 (1976)
1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオはアメリカからやってきた24歳の大学院生オリヴァーと出会い、やがて二人は恋に落ちる。発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング Blu-ray¥5,280
©Frenesy, La Cinefacture
最後に日本映画にも触れておきましょう。映画界にお金が回ってない日本では、クルマに詳しい映画監督が極端に少なく、カーコーディネーターのような専門職もいません。したがって、人物設定と嚙み合わない車種選択も多く、車種でそのキャラクターを膨らませるような演出がほぼできてません。また、テレビ放送時などのスポンサーへの配慮から車種が特定されるのを避けるケースも多い。
そんな状況の中、現代の映画監督でクルマをしっかり描いてきたのが宮崎駿と北野武です。北野武は家族映画を撮っていないのでここでは詳しく取り上げませんが、『アウトレイジ』におけるヤクザの車種選択とかは完璧だと思います。宮崎駿にしても、『ルパン三世 カリオストロの城』で登場させたFiat 500がその後ルパンの愛車として定着するなど、アニメーションであっても絶対に車種を曖昧にしません。『千と千尋の神隠し』では、皆さんもお馴染みのように冒頭で森の中をクルマで進んでいくシーンがありますよね。あの家族が乗っているのは、Audi A4 Quattro(1994)。左ハンドルのマニュアルで、さらに四駆であるという、これだけでお父さんのクルマ好きがうかがえますし、山道における走破性の裏づけにもなっています。そのあと、彼は娘を置いて飯を頰張っちゃうわけですが、あのシーンを待つまでもなく、この車種を選ぶ姿から独りよがりな性格が見えるんですよね。
映画の中でクルマが果たす役割はとても大きいので、ぜひ注目して観てみてください。
8『千と千尋の神隠し』
Audi A4 Quattro (1994)
クルマで引っ越し先の家へと向かう途中で「不思議の町」に迷い込んでしまう千尋。その町で豚に変えられてしまった両親を助けるため、湯婆婆という魔女が経営する湯屋で働き始めるのだが…。発売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン DVD¥5,170
©2001 Studio Ghibli・NDDTM
Text:Kohei Hara