2024.12.23
最終更新日:2024.12.23

【20000字試乗日記】気になる次世代のクルマと10日以上過ごしてみた〜アバルト 500e (後編)

EV

クルマの性格を知るだけなら一日乗ればわかるけど、せっかくなら日々生活の中でどう生きるかも知りたい。そこで、日頃からクルマに乗る物書きの二人が、スポーティなEVのアバルトと最高級のレンジローバーを長期試乗。最新のクルマと10日以上を過ごしてみて見えてきた刺激的な日々を、二人合わせて20000字のリポートでお届けします。

前編はこちら

CASE 1|ABARTH 500e

ABARTH 500e
2023年にデビューしたアバルト初のEV。最高出力は155psを発生し、一充電航続距離は303㎞。試乗車両価格はオプション込みで¥6,292,450。
ライター・編集者
速水健朗さん

1973年生まれ。ライター、編集者として雑誌媒体やラジオで活躍。本誌連載「時事 two Scene」も好評。クルマは小さければ小さいほどいい派。愛車は日産マーチ カブリオレ。

10/5 Sat|充電に脅かされる「さわやか」

さわやか

 旅行2日目は朝から雨。伊豆高原の大室山のリフトは動いていないかもしれない。プランBに予定を変更。御殿場のアウトレットモールに向かうことにする。あわてて調べてみたが、施設内に充電スタンドはなさそうだ。

 新東名高速を使うので、最高速度110㎞/hの道を試すこともできる。もちろん少し踏めばそのくらいの速度にはすぐ到達する。肝心のモーター音の「獰猛さ」だが、人工のエンジンサウンドは、試してはみたが特に必要ないかなという結論。オフにして走る。語義矛盾だが、音は見せかけ。なければないで問題ない。

 この日は土曜日でアウトレットモールも混んでいた。特に目当てだったのは、モール内の「さわやか」(静岡名物のハンバーグ店。説明なしでも皆さんご存じかと)である。ただ、午前中でその日の予約は埋まっていた。ここでプランCの発動を決断した。約30分ドライブして長泉店に向かうことにした。店舗でしか予約ができないので早めに向かう。ディズニーリゾートのファストパスと同じ仕組みだ。無事到着するが、そこから2時間待つ。「さわやか」では、そのくらい待つのが当たり前。その間に移動は可能なので、充電スタンドを探す。すでに残量は40%になっている。

充電スタンド

 雨は夕方になって強まってきた。搭載のナビでCarPlayを経由してiPhoneと接続し、Googleマップを使う。そこでCHAdeMOの規格の充電スタンドを探す。この規格であれば、どこでも充電可能だと思って探して向かうが、そう甘くはなかった。

 充電の認証にはいくつかの系列がある。今回借りたのは、e-Mobility Powerのカード。どこでも使えるわけではなかった。次々と充電スタンドで認証をはねられてしまう。ビジネスホテルチェーン、街角の充電スタンド。次に国産のディーラーに充電設備があるという情報を見つけて向かった。どこも差し込み口は合致するが、認証の段階ではねられた。大雨の中でカードの読み取りエラーだった可能性もあるかもしれない。通常のEVスタンドに屋根はない。もちろん、機構的に雨が差し障りがあるようにはつくられていない。はねられてしまうのは認証の規格の問題だろう。

 さらに探してドイツ車のディーラーに駆け込んだが、そこでも認証ではねつけられる。バッテリー残量の30%という数字は、僕の感情の数値とピタリと連動していた。40%を切ったあたりで、あきらめに近い感情になっていく。次のGoogleマップが示す地点まで5㎞。だけど、どうせまた認証できないのだろう。

充電画面

 ただこのあと、「さわやか」のハンバーグという至上の幸福タイムが待っている。そこまではなんとかたどり着けるだろう。だがそこで電欠を起こし、クルマはレッカーで移動しなくてはいけないかもしれない。無理に、5カ所目、6カ所目を目指すのはやめておこうか、そんなタイミングでフィアットの看板が目に飛び込んできた。

 沼津にフィアットのディーラーがあり、通りがかりでたまたま目に入った。そして店頭に同型、同色、つまりアシッドグリーンのアバルト500eが置かれている。まさに砂漠の真ん中のオアシス。日曜の19時過ぎだが、ディーラーのスタッフたちが歓迎してくれた。もちろん、状況も説明し、充電もさせてもらった。

 充電の間に、まだ店頭に並ぶ寸前のフィアット600eのシートに座らせてもらう。小型のクロスオーバーのEVで、さすがにアバルト500eよりは大きいが、クロスオーバーとしては小型の部類。魅力的なクルマだ。実は同行しているうちの妻は、現行のフィアットユーザーである。そして、僕以上にクルマ好き。そんな彼女とスタッフが会話したおかげもあってか、本当にお店のスタッフたちからは歓待を受けた。沼津のフィアットのディーラーさん、ありがとう。

 充電設備は最新のもので、30分で80%台に回復。電圧の強い最新鋭の機械であれば、急速充電が可能ということか。回復したのは、バッテリー残量だけではない。本当に本当にプライスレス。
 これで東京まで帰れる(とはいえ途中PAでもう一度充電した)。

10/6 Sun|二度目の遠出で教訓を重ねる

パーキングエリア

 アバルト500eを借りて4日目。今日は仕事でクルマを使う。またもや遠出である。この日向かったのは、茨城県の龍ケ崎市。常磐道で1時間、下道で30分という配分。いざスタート、いや朝の出発時点でバッテリー残量は、40%台。まず自宅を予定より1時間早く出て、充電スタンドに向かう。前日は疲れて東京に戻って、充電に行く余裕はなかったのだ。

 手こずった話ばかりされても困るだろうから、詳細は省く。2時間後。なんとか目的地に到着。たどり着いたのは、東京から100㎞の場所にある巨大倉庫のCDショップ。仕事は、動画番組の生配信である。途中、同業者で共演者の平山亜佐子さんをピックアップ。番組は二人で自主的にやっているもの。CDショップが配信者用に場所をレンタルしているということでここまで来た。

 今日得た教訓は、都心部では充電場所を確保するのが難しいということ。先客がいたり、休日や夜間は閉めていたりする。確実なのは、道の駅やパーキングエリアの施設である。はなからそれを当てにして行動すべきだった。これらの施設は24時間サービス。

 ちなみに行きと帰りの常磐道守谷SAで充電した。上りと下りで別の施設だが、どちらも充電スタンド完備。ただ電圧は低め。設備ごとに性能はまちまちで、30分で20%も回復できない場合もある。

10/9 Wed|Vとポッドキャストの相性

 五反田のゲンロンカフェで夕方からイベントの出演。ゲンロンカフェは、夜遅くまでイベントが続くため、終電を逃す前提でクルマで行くことが多い。残量は60%台。都内の移動。十数㎞の距離なので、気は楽だ。行って帰るくらいは余裕。そう割り切ると出かけるのが楽しい。

 移動中はCarPlayでiPhoneと接続してポッドキャストを聴いていた。番組によって音質の違いがある。それに気がつき、自分のポッドキャストも聴いてみた。普段もクルマで聴いているが、ジングルやBGMの聴こえ方がまるで違う。制作時の音楽ソフトのミキシングを少し変えてみよう。ハイの音域を少し絞ってもいいかもしれない。

10/13 Sun|電車でいい日もある

 この試乗記は、ライターである僕のリアルな日常を書き連ねている。毎日クルマに乗っているわけではない。この日は電車と徒歩での移動しかしなかった。そもそもライターという職業は、出勤でクルマを使うことより、近所のカフェに歩いて出かけて仕事をしている機会のほうが多い。クルマ持ちの同業者も少数派だ。

10/14 Mon|命がけの補給シーン

 ちょっと前から公開されていた映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を見に出かける。映画を見るときは、クルマの場合は豊洲に行くことが多い。それ以外は上野か日本橋か池袋が多い。この日は日本橋。公共駐車場を利用する。充電器はない。

 映画はジャーナリストが内戦中のアメリカを移動するロードムービー。アメリカ人がクルマを使って移動する距離は、日本人よりもはるかに長い。東京―大阪くらいの距離(約500㎞)なら、余裕でクルマで移動するだろう。日本人なら新幹線を使う。

 途中、何者かに占拠されているガソリンスタンドに立ち寄る。命がけの補給のシーン。でかグルマゆえに燃費は悪いだろうなと考えてしまうが、電気よりもガソリンのほうが安心感がある。EVを試乗している身として、この場面の臨場感が別物として感じられた。

10/16 Wed|インフラ体験を整理する

サービス時間外の表示

 クルマの返却日が明日に迫る。別れの目前にしみじみとこのクルマについて考えてみた。
 レトロ調のデザインだったり、かつてのそのモデルのスタイルを再現(新ビートルのような)するなど、特徴的なデザインをもつクルマをパイクカーと呼ぶことがある。おもちゃに近い趣味的なクルマというニュアンスもある。

 アバルト500eをパイクカーと呼んでいいのかどうかはわからないが、旧世代のデザインを踏襲した現行のフィアット500と同じデザインでEV仕様にしたフィアット500e、アバルト500eの発想のユニークさはパイクカー的だ。ただ価格は600万円台前半と高く、買うのはマニア層に限られる。金銭に余裕があれば、今のうちに手に入れておきたいと思った。そのうち、手に入らなくなる。

 最後に、もう一度クルマを動かしに行こう。時間は23時過ぎなので深夜のドライブ。クルマをもつことの利点は、夜中に思いついてどこかに行けることにある。自分の行動生活に応じてクルマのあるなしを選ぶのではなく、そもそもクルマ好きが先にあり、生活があとからついてくるのだ。僕が映画館のために遠くの豊洲に行くのも、夜中に急にファミレスに行きたくなるのも、クルマに乗るのが好きだからだ。

 何度も使っていた近所の充電スタンドに寄った。入り口にチェーンがかかっていた。これまで、この時間帯に来たことがなかった。まさか夜間は閉めているとは。あわててGoogleマップであちこちスタンドを探して回る。住宅街の中に設置されている充電スタンドにも行ってみた。確かに存在したが狭い道のどんづまりで、夜中にクルマを停めて30分じっとしている気にはなれなかった。

 自動車ディーラーの多くは、EVスタンドを備えている。だが実際に行ってみると、使えないケースが大半。ウェブ上で評価を読むと「使えなかった」という声がたくさんある。接続してみて初めて「サービス時間外です」と表示され、がっくりというケースもあった。「サービス時間外です」。お前は何者だ。こんな深夜に来られてもね、そう突きつけられた気がした。

 EV自体やEVのメーカーの問題ではなく、充電スタンドの整備という行政の領域の問題である。この2週間、アバルト500eに試乗して気がついたことは、クルマの性能は、予想をはるかに超えていいものであるということ。いいクルマだ。よく走り、よく曲がる。低速でも高速でも楽しい。見た目はおもちゃっぽいが、裏腹によく走る。あえて問題点を言うと、充電時のアダプターがハトヤのCMの子どもが腕一杯に抱えている魚のように大きいこと(ある程度の世代であればよく知っているCM)。トランクスペースを埋め尽くす大きさにはやや閉口するが、それすら愛嬌のうちと思えるようになった。

 一方、充電スタンドは問題だらけだ。よく耳にするのは、設置数が少ないという問題だが、実際にEVに乗ってみて、それだけではないことに気がつく。夜中に使えない。営業所に人がいないと使えない。それでは公共、社会インフラには程遠い。また、すでに老朽化した設備も相当数目にした。設置よりも、維持管理が難しかったのだろう。

10/17 Thu|マーチに戻れるのか?

メーター

 午後イチで神保町の集英社にクルマを返却。2週間での総走行距離は652.7㎞。走行時間は17時間40分。14日間で割ると、1日46.62㎞。1日当たり、1.262時間クルマに乗っていた計算。ロングドライブが何度かあったが、平均するとそのようなもの。日頃の都市生活の中でクルマを使う感覚としては、このくらいの数字だと思う。いや十分楽しかった。

 無事にアバルト500eは返却。そのまま地下駐車場で久しぶりにマーチ カブリオレと再会。顔をつきあわせた瞬間、この2週間の大冒険の感慨がどっと湧いてきた。クルマは住み慣れた家以上にわが家、否、家族である。

 アバルト500eを背にして通りに出る。また、ウィンカーのつもりでワイパーを動かしてしまった。クラッチを踏むタイミングも忘れている。思った以上に、EVの操作に順応してしまったのだ。

Memo|クルマは小さいほうがいい理由

マーチ

 ちなみに、これまでもずっと小型車を乗り継いできた。マツダ・ロードスター。アルファロメオ・ミト、フィアット・パンダ。そして日産マーチ カブリオレ。

 ’90年代生まれの2代目マーチとアバルト500eは、当然だがまるで違う。とはいえサイズは近い。アバルト500eは全幅1685㎜、全長3675㎜。2代目マーチは全幅1585㎜、全長3695㎜。全幅は10㎝広いが全長はほぼ同じ。

 小さいクルマはとにかく楽しい。たまに隣に人を乗せると、その意味をわかってくれる。

 クルマの楽しさとラグジュアリーさはトレードオフの関係にある。地面に近く、路面の感覚を生で受けるのが小さなクルマの醍醐味。狭い路地や車庫入れでストレスが少ないのもいい。逆に言うと、その接地面の感覚は、受け続けるとくたびれてしまうし、小さいクルマ特有の振動(古いからガタガタいうし)という要素もある。楽で疲れないクルマが選ばれる理由もわからなくはない。

 ちなみに自動車は、普及からこのかた100年、ずっと巨大化を続けている。クルマの大きさに合わせて、道幅の拡張が必要な状況を迎えているが、すべての道をリサイズするのは財政的に難しいだろう。そこを走るクルマのダウンサイズに向かうべきだが、売れるクルマは大きいクルマに偏っている。恐竜が巨大化していった進化の経緯とよく似ている。クルマは小さいほうがいいのだと、皆が気がつく日は来るだろうか。

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