2024.12.22
最終更新日:2024.12.22

【20000字試乗日記】気になる次世代のクルマと10日以上過ごしてみた〜アバルト 500e (前編)

EV

クルマの性格を知るだけなら一日乗ればわかるけど、せっかくなら日々生活の中でどう生きるかも知りたい。そこで、日頃からクルマに乗る物書きの二人が、スポーティなEVのアバルトと最高級のレンジローバーを長期試乗。最新のクルマと10日以上を過ごしてみて見えてきた刺激的な日々を、二人合わせて20000字のリポートでお届けします。

CASE 1|ABARTH 500e

ABARTH 500e
2023年にデビューしたアバルト初のEV。最高出力は155psを発生し、一充電航続距離は303㎞。試乗車両価格はオプション込みで¥6,292,450。

 今のクルマをすぐに手放すつもりはないのだが、古い車種のため交換用の部品を見つけるのも困難で、いつかは乗り換えが必要な時期が来るだろうという覚悟はある。この試乗記のコンセプトは、もし新車に買い替えるならという前提のものだ。乗ってみたいクルマはいくつかあるが、あえて今のクルマの延長線上で考えてみたい。

 ちなみに今乗っているのは、1999年式の日産マーチ カブリオレ。珍しい車種だ。’90年代のクルマはニュータイマーと呼ばれ、中古車市場でもそれなりに注目を集めている。とはいえ、マニア向けのクルマではない。マツダのロードスターや、32、33、34のスカイラインGT-Rなどに価値を感じる向きには、見向きもされないだろう。もちろん、こちらは、わざわざそれを承知で魅力を感じて乗っている。大衆車の少しエキセントリックなモデルに愛情を感じるのだ。ちなみにマニュアルシフト。途中オールペンをしてイエローにした(元はレッド)。愛情をかけたクルマゆえ、乗り始めて7年がたつ。新車の中で、これを手放してまで乗りたいクルマは、ないといえばない。気になるものはある。

 今回の試乗で選んだのは、アバルト500e。最優先はサイズである。小型車。フィアット500をベースにしながらもEV仕様。そしてアバルトのネーミングが施されている。

 つまり、大衆車でありながら、エキセントリックさを兼ね備えた車種ということ。価格帯は、中古のマーチとはかなり違うが、かなり気になるクルマであることは間違いない。

 アバルトのブランドを一応説明しておく。現在は、フィアットの傘下のチューニングカーブランド。よく使われる表現は、羊の皮をかぶった狼のようなクルマである。つまり加速のよさが売りで、マフラー音がでかい。クルマ好きは、その獰猛さに憧れを感じるわけだが、静かなモーターを積んだEVなのにアバルトとは、どういうものなのか純粋に好奇心をくすぐられている。

ライター・編集者
速水健朗さん

1973年生まれ。ライター、編集者として雑誌媒体やラジオで活躍。本誌連載「時事 two Scene」も好評。クルマは小さければ小さいほどいい派。愛車は日産マーチ カブリオレ。

10/3 Thu|慣れるなら下町の道がいい

ABARTH 500e 2

 神保町の編集部にアバルト500eを借り受けに行く。愛車のマーチは、編集部が入るビルの地下駐車場に預けることになった。期間は2週間。駐車場を別に借りるのはめんどうなのでありがたい。

 借りることができたボディカラーは、アシッドグリーンである。第一希望のカラー。そして、充電スタンドの利用カードを受け取り、アダプターを使う充電の仕方だけ教わって出発。それなりに事前知識は入れておいたつもりだが、そもそも普段は、マニュアルの’90年代の中古車に乗っているのだから勝手はまるで違う。それはおいおい触れていく。

 これまでも何度かEVを運転した経験はある。ただ、2週間という期間、それに乗るというのは、まるで別の体験だ。そもそもマンションの駐車場にも充電器はない(まだ一般的にそういうマンションが大半のはず)という条件で、EVを日常的に乗り通すことができるのかすらわかっていない。

 まずは慣らし運転。よく見知った浅草橋、馬喰町、東日本橋界隈を走る。東京の東側=城東地域は、碁盤の目で道がわかりやすい。大まかに方向だけ把握しながら、一方通行が多いことを意識して走れば迷ったとしてもさして不安は感じない。世田谷や杉並の住宅地のように、ありえない道幅の対面道路もない。

 裏通りに入ると、路上のパーキングメーターも多いので、ちょっと停めてマニュアルを読んだり、それを試してみたりしながら慣れていく。普段とはまるで違うクルマなので、本当に慣れておく必要がある。

 慣らし運転程度では、バッテリーの残量もさほど変化がないが、明日は遠乗り。一応、フル充電状態にしておきたい。あらかじめ調べておいた近所のショッピングモール、ラクーアの裏の小道にあるスタンドで初充電。なぜか人目につかない場所に、ひっそりと充電スタンドがあることが多い。

 半日乗ってそれなりに慣れた。ただウィンカーのレバーが日本車と違い、左にある。前にアルファロメオのミトに乗っていたので慣れているつもりだが、何度も逆のレバーをいじってしまう。

10/4 Fri 前半|JDMブームに負けるな!

ABARTH 500e 3

 朝から箱根まで遠出。普段ハンドルにはクラクション以外にボタンのないクルマに乗っている。物珍しさもあって赤信号で停止中に手元のスイッチをいじっていたら、なぜか発進できなくなった。少し焦りながらリスタート。止まった原因はよくわからずじまいだが、慣れないうちにやたらボタンを押してみるという態度は反省する。

 運転感覚のよさは、初日から伝わってきた。箱根の山道を走っていて、その理由もはっきりと見えてくる。上り下りカーブを曲がりながら減速したり、加速したりしてもわざとらしく前後に引っ張られることはない。左右も同様。スムーズな荷重移動の感覚を感じることができる。

 さて、運転中に普段よく見る計器はスピードメーター。とはいえマニュアルのマーチ カブリオレの場合は、回転計のほうを見ていることが多い。EVでもスピードメーターを見るのは同じだが、それ以上にバッテリーの残量の数値が気になってしまう。箱根の坂道を上り始めて途端に残量の減り方が早まった。

エヴァンゲリオンの柄の充電器

 まず目指す地点は、事前に調べておいた芦ノ湖のそばの道の駅のEV充電スタンド。途中、箱根山中の岩田スカイラウンジで休憩。駐車場で旧車数台に遭遇した。GT-R、RX-7、スプリンタートレノ。SNSでつぶやいたら観光用のレンタカーサービスが箱根近辺にあるとの情報を得る。頭文字Dツーリズム。クルマ好きと思われる外国人観光客たちは、自分たちのクルマに夢中のようで、こちらが少し珍しいクルマに乗っていることには反応してはくれなかった。霧も極めて濃い。

 道の駅に到着。東京の都心からここまで約110㎞。96%あったバッテリー残量は42%を示している。思ったよりも減りが早い。坂道だからか。ここで30分充電。コーヒーを飲んで駐車場に戻って残量計の数字を確認した。51%。

 30分でこれだけ!? 軽くショックを受けたが、なるほど設備が古いと電圧も弱いということなのだろう。ちなみにこの場所には、充電スタンドは2基ある。もう1基は、エヴァンゲリオンの柄の充電器。これを目当てに来る人たちがいるようだが、充電器としては電圧が弱すぎるようだ。看板にそう説明があり、使用停止の札が掛かっている。観光用として残されているということ。皆、写真だけ撮っている。こちらも一応撮っておく。

10/4 Fri 後半|伊東ゆかりとアリアナ・グランデの差

充電スタンド

 この日の目的地は箱根ではなく伊東である。箱根の充電スタンドで思い知った。観光地の充電設備は、こちらが思っているほど充実はしていない。アンビリカルケーブルなしでは5分しか活動できないエヴァよりはマシだが、動ける行動範囲は303㎞。それをあらためて認識し直す。

 もちろん、箱根と伊東を回るのであれば、途中、何度かの充電が必要だという計算はできていた。だが、一度の充電で10%分しか補充できないこともあるというのは計算外である。

 箱根の山を下り、海の側に抜けて伊東に向かう。今日の最終目的地はハトヤホテルだ。ただその前に充電場所を探す。ホテルより手前の伊東の中心に近い道の駅で充電スタンドを見つける。

充電

 ここで38%から58%に回復。それでも心もとないのでほかの利用者がいないことを確認して追加充電。79%。タイムロスは1時間だが、それで得た精神的な充足感は、数字以上のもの。とはいえすっかり夜である。

 25年前のマーチのユーザーが、現代のEVに乗ってみてどうだったか。まるで別のものなのは間違いない。モーターのパワーや加速はともかく、振動のなさや密閉性、スピーカーから出る音の質まですべてが別物。年式でいう25年の差は、アイドルでいうと、モーニング娘。とNewJeansの違いということになるが、体感では伊東ゆかりとアリアナ・グランデほど違う。

 マニュアルシフトしか運転していない、つまりオートマ車を所有すらしたことのない運転者が、いきなりEVを運転できるか。もちろん、問題はない。ただマニュアル車に10年以上乗ってきたので、とっさのブレーキのときに、クラッチを切る動作がつい出ることがあった。つまり、左足でペダルを踏もうとしてしまう。そのときに少しブレーキペダルに触れて急ブレーキになった。低速走行時なので問題なかったが。完全に順応するまで少し時間が必要だ。

昔のドライブゲーム

 さてハトヤは、レトロ感覚を楽しむためのホテル。本来はそうではなかったはずだが、僕が子どもの頃からすでにそういう場所になっていた気がする。ゲームコーナーでは、昔のドライブゲームで遊ぶ。朝から晩まで運転ずくめ。

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