2023.07.29
最終更新日:2024.03.08

【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗りたいセダンまとめ|BMWからボルボまで

1980年~90年代のセダンのネオクラシック車の魅力を余すことなく紹介。クルマとの出会いや愛着など、文化系男子のクルマ生活のあれこれを聞いてみた。

【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗の画像_1

「ネオクラシックカー」とは?



1980年代から90年代にかけて製造されたクルマを、主に1960年代から70年代に製造された従来のクラシックカーと区別して「ネオクラシックカー」と呼ぶ。 30代から40代にとっては青春時代の憧れのクルマであり、若い世代にとっては最新のクルマとは異なる、メーカーの姿勢が色濃く反映された個性的なつくりが新鮮に映り、世代を問わず人気を博している。また車種にもよるが「クラシックカー」よりは、まだ現代でも日常使いしやすいものが多いのも魅力的だ。とはいえ昨今では、状態のいい人気の車種は年々価格が高騰している。買うなら今がラストチャンスだ。



ネオクラシックカー セダン

【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗の画像_2

01. ボルボ240 GL(1981年式)

帝人ディーラー時代の仕様にこだわった
山田 昭一さん(people showroom 代表)


ひと昔まえのボルボといえば、とにかく四角い見た目が印象的。その世代の代表格として、未だに根強い人気を誇るのが240シリーズだ。1974年から93年まで累計280万台が生産され、先代に続き、ドイツ車とも異なる独自の堅牢性から「ボルボ=頑丈で安全」というパブリックイメージを築き上げたことにも大きく貢献した。近年ではインテリアやライフスタイル雑貨と同様、北欧(スウェーデン)プロダクトという観点からも評価が高まっている。

【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗の画像_3
総合繊維メーカーの帝人とボルボの合弁会社である「帝人ボルボ」が販売していた1986年までの240シリーズは、マニアの間でも人気が高く、今や希少。


サーブ_SAAB 900 Turbo_1986年式_ドライブ・マイ・カー

02. SAAB 900 Turbo(1986年式)

北欧が生んだ、インテリジェンスあふれる名車
宇佐美直人さん(フォトグラファー)


2016年に惜しまれつつも歴史に幕を下ろしたスウェーデンのサーブは、航空機メーカーとして培ったノウハウと、個性的なスタイリングで多くの人を虜にした。その名を聞いて「懐かしい」と感慨を抱く人も多いはずだ。

サーブは1947年に自動車部門を設立。空力に優れたボディに小排気量エンジンを搭載したモデルを発売するなど、独自のクルマづくりで市場を広げていった。今回紹介する「900シリーズ」は、1978年から93年まで製造された同社を代表する車種。先代の「99」から受け継がれたターボは、出力を稼ぐだけでなく、排ガス規制による出力低下を改善するための役割を兼ねるものとして開発され、当時としては画期的なものだった。

サーブが日本で知られるようになったのも、900シリーズによる功績が大きい。バブル期の日本でも人気を博し、自らも900を愛用した作家の五木寛之氏が広告に登場するなど、どこかインテリジェンスを感じさせる佇まいが魅力だった。そして近年では、濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』に登場する赤い車として、再び多くの人の目に触れたことが記憶に新しい。

サーブ_SAAB 900 Turbo_絶壁顔
宇佐美さんの900ターボは、通称「絶壁顔」と呼ばれる希少な前期型。この後に「空力顔」と呼ばれる後期型へとフェイスリフトされる。ルーフキャリアは社外品。


プジョー505 V6_1988年式_フロント

03. プジョー505 V6(1988年式)

父が乗り継いだ505が忘れられなかった
岡部 湧さん(会社員)


数々の名車をデザインしてきたイタリアの名門・ピニンファリーナ。今でこそプジョーにピニンの面影はないが、両社は1950年代から2000年代初頭にかけて様々なモデルの開発において関係があった。そして、その多くが名車として今も語り継がれている。

今回登場するプジョー505は、奇をてらわない真っ向からの美しさで勝負した、かつてのプジョー×ピニンファリーナらしいミドルセダンの傑作だ。

プジョー505 V6_1988年式_サイド
フロントからリアへ一直線に抜けるウエストライン。トランクに装着されたリアスポイラーが、ネオクラなムードを漂わせる。ダークブラウンともパープルとも形容できる独特な色味が渋い。


BWM 318i_1990年式_駆けぬける歓び

04. BWM 318i(1990年式)

日本にBMWを知らしめた傑作セダン
中山慶人さん(URBAN RESEARCH プレス)


「駆けぬける歓び」。クルマ好きならずとも、一度はどこかでこの言葉を聞いたことがあるかもしれない。バイエルンのエンジンメーカーとして出発したBMWは、長年このキャッチフレーズとともに、走りの楽しさと実用性を兼ね備えたクルマを世に送り出してきた。

日本でBMWの名前が一躍有名になったのは、1980年代後半から90年代頭にかけてのこと。今回ご紹介する3シリーズセダン(E30型)は、バブル景気の日本において「ベンベー」「六本木のカローラ」などと呼ばれ、人気を博したコンパクトセダンだ。オーナーの中山さんは、今から6年前にライトブルーの318iと出会い、初の愛車として出迎えた。

BWM 318i_1990年式_E30_4ドア
3シリーズとしては2代目にあたるが、4ドアがラインナップされたのはE30が初。このほかに2ドアも用意されていた。


アルファロメオ アルファ75_1991年式

05. ALFA ROMEO ALFA75 TS(1991年式)

走りにこだわりまくったアルファの純血セダン
小田将大さん(bayfm78 PR)


かつて、アルファロメオの歴史はレースと共にあり、つねに時代の先端をゆく技術力を市販車にも投影していた。若きエンツォ・フェラーリも1920年代にアルファロメオのドライバーであり、のちに彼が自らのマシン(=フェラーリ)でアルファを負かしたとき「私は母親を殺してしまった」と言ったエピソードは有名だ。

1985年に登場した「アルファ75」は、そんな同社の創業75周年にちなんで名づけられたFR(後輪駆動)セダン。だが当時の経営状況は、70年代前半から尾を引く品質低下や、走りを追求するがための高コストな設計で破綻寸前。86年にはフィアットに買収されてしまう。それゆえ、ファンの間では75を「最後の純血アルファ」と評する声も多い。とにかくいい意味でクセが強いのだ。

アルファロメオ アルファ75_トランクが高いハイデッキな格好
好みが分かれる尖ったスタイリングは内製によるもの。合理的なセダンをつくるなら、このシェイプはまず思いつかないはず。「トランクが高いハイデッキな格好を際立たせるために、車高オリジナルに近い高めの設定にしています」。


BMW 320i_機能美を極めたモダンBMWの原点

06. BMW 320i(1994年式)

機能美を極めたモダンBMWの原点
國井優樹さん(会社員)


旧いBMWといえば、バブル期に「六本木のカローラ」と称されたE30の3シリーズが浮かぶが、その後継たるE36も今や立派にネオクラの仲間入り。今回は至極の6気筒エンジンを搭載した「320i」と、オーナーの國井さんに登場いただこう。

1990年にデビューしたE36の3シリーズは、4ドアセダンに2ドアクーペ、カブリオレ、そして新たに3ドアハッチバックのコンパクトが用意された。ちなみに、2ドアのモデルでも大人4人が余裕をもって乗れる実用性を備えている。スポーツモデルの「M3」は92年よりラインナップ。近年では相場も上がり、高値で取引されている。

BMW 320i_フルオリジナル
令和元年までワンオーナーだったという國井さんの個体は、今や貴重なフルオリジナル。購入時の走行距離は9.3万キロ、塗装や樹脂パーツなどの程度も上々だ。


【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗の画像_14

07. アルファロメオ 155 V6 2.5(1997年式)

レースで活躍する姿にひと目惚れ
小嶋克佳さん(ヘアメイクアップアーティスト)


ネオクラ車はどれも個性的だが、なかでも「イタフラ」と呼ばれるラテン系の伊&仏車はひと際クセが強い。今回紹介するアルファロメオ155 V6 2.5(1997年式)もそのひとつ。鋭い顔つきと、前後で高低差の激しい直線的なボディはまさに個性の塊。実用的なプロダクト然としたセダンを求めず、速く情熱的に走ることを追求したアルファロメオの姿勢が窺える。

【ネオクラ名車セダン7選】今こそ大人が乗の画像_15
アルファ75の後継として、1992年から97年まで造られた155は、国営からフィアットの傘下に入った過渡期のアルファロメオを象徴するモデル。駆動方式もFR(後輪駆動)からFF(前輪駆動)に改められた。



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